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第二次中東戦争(スエズ危機)を招いたのはイギリス?国際政治を学ぶライターがわかりやすく解説

どうしてイギリスはエジプトと敵対したのか

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スエズ運河は航路のかなめ

スエズ運河は、エジプトの北東部に位置する人口運河です。ヨーロッパとアジアを結ぶ最短の航路の一部であることから、多くの船が利用しています。もしスエズ運河を通ることができなければ、ヨーロッパからアジアまで行くためにはアフリカ大陸に沿って南下しなければいけません。南アフリカの喜望峰を通るルートです。非常に大回りで、相当な日数が余計にかかってしまいます。

そのため、スエズ運河は地理的にとても重要な場所に位置しているのです。

スエズ運河の国有化に反発したイギリス

エジプトによるスエズ運河の国有化宣言に大きな危機感を持ったのは、イギリスです。

当時、イギリスは実質的にスエズ運河を支配していました。スエズ運河は19世紀の後半からイギリスの管理下にあり、軍事的に重要な役割を果たしていたのです。イギリス軍は、第二次世界大戦を経てなお駐留を続けていました。スエズ運河をエジプトに国有化されてしまうと、イギリスは今までの権益を失ってしまいます。それどころか、自由にスエズ運河を航行できなくなってしまったら、貿易や国防上の大問題となる可能性もあるのです。

イギリスはこのような理由から、エジプトがスエズ運河を国有化するような事態は阻止したいと考えました。そのため、フランスやイスラエルと共に、エジプトに対して攻撃を仕掛ける流れをつくったのです。

フランスとイスラエルがイギリスに同調したのはなぜ?

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フランスの懸念はアルジェリア問題

もちろんフランスも、スエズ運河がエジプトの国有化となることには危機感を抱いていました。イギリスと同じように、フランスもスエズ運河に対して権益を得ていたからです。しかし、フランスがイギリスと共にエジプトに攻撃を仕掛けたのは、それだけが理由ではありません。

当時、フランスは自国の事実上の植民地だったアルジェリアとの間に問題を抱えていました。フランスからの独立を目指し、アルジェリアで戦争が起きていたのです。フランスに立ち向かっていたアルジェリア民族解放戦線という組織は、エジプトのナセル大統領からのサポートを受けていました。そのためフランス政府は、ナセル政権を打倒すれば長引くアルジェリアの問題を収束させることができると考えたのです。

フランスがイギリスと共にエジプトを倒そうと試みたのには、このような背景がありました。

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