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第二次中東戦争(スエズ危機)を招いたのはイギリス?国際政治を学ぶライターが解説

よぉ、桜木建二だ。第二次中東戦争は「スエズ危機」とも呼ばれる。ということはもちろん、スエズと関係があるんだよな。スエズって言ったら、エジプトにある運河だったか?だけど、イギリスも関わっているんだって?第二次中東戦争がどんな戦争だったのか、詳しく見てみよう。

世界史に詳しいライター万嶋せらと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/万嶋せら

会社員を経て、現在はイギリスで大学院に在籍中のライター。歴史が好きで関連書籍をよく読み、中でも近代以降の歴史と古典文学系が得意。専門として学ぶ近現代の国際政治に関する知識を活かし、今回は「第二次中東戦争 スエズ危機」について解説する。

第二次中東戦争はどんな戦争?

image by PIXTA / 47457051

中東では20世紀の半ばから後半にかけて、4回にわたる大規模な武力衝突が発生しました。総称して、中東戦争と呼ばれています。「第二次中東戦争」はそのうちの2つ目の戦争です。

1956年、イギリスとフランスのバックアップを受けたイスラエルがエジプトに侵攻したことで、第二次中東戦争が開戦。この戦争の直接的な引き金となったのが、エジプトによるスエズ運河の国有化政策でした。そのため、第二次中東戦争は「スエズ危機」もしくは「スエズ戦争」と呼ばれることもあります。

なぜエジプトはスエズ運河を国有化したのか

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By Hajor投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

アスワン・ハイ・ダムの建設計画

スエズ運河の国有化宣言の背景にあるのは、アスワン・ハイ・ダムの建設です。

エジプトは以前から、ナイル川の氾濫防止や農業の灌漑用水の確保などのため、ナイル川にダムを建設する構想を練っていました。ナイル川では20世紀の初頭に完成したアスワン・ダムが使われていたのですが、これだけでは不十分だったのです。そのため、同じアスワン地区に新たにアスワン・ハイ・ダムを建設する計画が立てられました。しかし、ダムの建設計画はいったん中止となります。1952年にエジプト革命が起き、政権が交代になったためです。

その後、国の工業化を目指すうえで電力確保が必要であること、そして利益の獲得源にもなることから、ナセル大統領の率いるエジプト革命政府が再びダム建設を推進し始めました。こうして、アスワン・ハイ・ダムの建設が実現に向けて動き出します。

ダムの建設資金とするためにスエズ運河を国有化

アスワン・ハイ・ダムの建設に向けて、当初はアメリカやイギリスなどから資金が提供される予定でした。しかし、融資の申し出は撤回されてしまいます。アメリカやイギリスが、エジプトのソ連寄りの態度を嫌ったためです。時代は東西冷戦のさなか。エジプトはもともと、東西陣営どちらにも属さずにアラブの指導者としてふるまっていました。しかし、東側陣営のチェコスロバキアと武器の取引を行ったため、アメリカなどの西側諸国はこれを不快に思ったのです。

資金がなければ、アスワン・ハイ・ダムの建設を進めることはできません。そこで、ナセル大統領はスエズ運河を国有化してダム建設の資金源とすることにしました。1956年7月、エジプトはスエズ運河の国有化を宣言。これは特にイギリスやフランスに衝撃を与え、第二次中東戦争を引き起こすきっかけとなったのです。

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なるほど。ダム建設のためにスエズ運河を国有化したことが、第二次中東戦争のきっかけになったんだな。だけど、どうしてスエズ運河っていうのがそんなに重要な場所なんだ?

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