今回はシュレディンガーの猫について解説していきます。
シュレディンガーの猫は、量子力学の持っている確率解釈を批判した思考実験です。今日では様々なメディアでも形を変えながら登場するなど、多くの人に知られたパラドックスの代表例でもある。

ではその内容についてシュレディンガーの猫に詳しいライター、ひいらぎさんと一緒に解説していきます。

ライター/ひいらぎさん

10 年以上にわたり素粒子の世界に携わり続けている理系ライター。中でもニュートリノに強い興味を持っており、その不思議な性質を日夜追いかけている。今回は量子力学の内包する矛盾点を指摘したシュレディンガーの猫についてまとめた。

量子力学と共に生まれたシュレディンガーの猫

image by PIXTA / 32887074

「シュレディンガーの猫」という言葉を、きっと誰もが一度は耳にしたことがあることでしょう。これは、オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレディンガーが1935年に量子力学の矛盾点や未完成である点を指摘するために発表した思考実験です。

しかし、今ではシュレディンガーの目的としていた批判以上に、量子力学が持っている特異な部分を際立たせる例え話と広く知られるようになっています。

では、その内容がどのようなものなのか、量子力学の成り立ちからシュレディンガーの猫の登場まで、順を追って見ていきましょう。

量子力学はミクロの世界を描く

image by PIXTA / 42336595

量子力学(または量子論とも呼ばれます)は、電子や原子といった目に見えないほど小さな粒子が起こす物理現象を説明する力学体系です。

1900年代は実験の技術が進み、これまで観察することのできなかった領域に科学者たちは足を踏み入れていきました。すると、ニュートンの作った古典力学だけでは上手く理解できない現象が、次々に発見されていきます。量子力学はそのような時代に生まれた学問です。同時期にはアインシュタインの相対論も発表されました。現在、量子力学と相対論は現代物理学の二本柱として、あらゆる理論の土台となっています。

量子力学の始まりは、シュレディンガーが波動方程式と呼ばれる方程式を発見したことでした。これにより、粒子の状態が確率的に決めることができるようになりました。「確率的に」というのは、粒子が今どこにいてどの向きに運動しているのかといった情報が確率として記述できる、ということです。

しかしこの「確率的にしか決められない」という結果は、当時の物理学者たちにとって、受け入れがたいものでした。

シュレディンガーによる思考実験

当時の物理学では、量子力学が粒子の状態を確率的にしか予測できないことは、まだ量子力学が未完成であるためだと思われました。それまでの物理学は、決定論と呼ばれるものに基づいています。決定論とは、最初の条件を決めればその後の状態や運動の様子は運動方程式などの物理法則によって完全に予測できる、というものです。もし仮に想定と違った結果が得られれば、それは前提としていた条件や法則が間違っていたことになります。

しかし様々な実験などで、粒子のようなミクロの世界を観測した時、粒子の状態は未確定で色々な状態が混ざり合っており(量子力学ではこれを「重ね合わせ」と呼びます)、観測することで初めてその状態が決定される、ということが実証されはじめました。

\次のページで「ミクロの世界とマクロの世界を繋げるとどうなるのか」を解説!/

ミクロの世界とマクロの世界を繋げるとどうなるのか

Schrodingers cat.svg
By Dhatfield - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

粒子の状態が確率でしかわからないというのは、私たちが日常生活を送るマクロの世界とは全く異なりますね。

波動方程式を見つけたシュレディンガーは、自身の発見が確率でしか表現できないのは未完全だからだと考えていました。そのためこの確率解釈に対して、身近な例を使って批判を試みます。それは次のような思考実験でした。

密閉することが出来る蓋のついた箱を用意して、その中に猫を一匹入れたとしましょう。箱の中には猫以外に、放射性物質が少量とその放射能を測定するための装置、放射線に反応して青酸ガスが発生する装置が置かれています。

1時間のうちに放射性物質が崩壊して放射線を放出する確率は50%。

もし放射性物質が崩壊した場合には箱の中で青酸ガスが発生し、猫は死んでしまいます。逆に崩壊しなければ、青酸ガスは生成されないため、猫は死にません。

では1時間後、箱の中を確認した時、果たして猫はどうのようになっているのでしょうか。

猫は生きているのか、死んでいるのか

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量子力学の考え方に従えば、放射性物質の崩壊は確率で表現されます。これは「放射線を出して崩壊する状態」と「放射線を出さずに崩壊しない状態」が重なり合った状態です。

ではこれを猫の状態にも適用していきましょう。放射性物質が崩壊すると猫は死んでしまい、崩壊しなければ猫は生きた状態です。なので、箱の中の猫は「死んでいる状態」と「生きている状態」が重なり合って存在しています。そして、猫の生死は箱の中を確認して初めて確定することになるのですが、これは私たちの暮らす現実世界と全く違う状況です。

現実には猫が生きているか否かは、箱の中を確認する前に決まっています。箱の中を確認する人は「あらかじめ決まっていた状態」を見る、ということになるはずです。ところがこの解釈は、「観測しない限り、定まった状態は存在しない」という量子力学の考え方と相入れません。

シュレディンガーの猫をどう解釈するのか

image by iStockphoto

シュレディンガーの猫が登場して以来、様々な解釈が生まれました。さらにそれは量子力学というミクロの世界を描く力学体系を鮮やかにしていき、今日でも広がりを見せています。ここでは代表的な解釈を二つ、挙げました。

確率解釈の源流、コペンハーゲン解釈

この考え方は、ニールス・ボーアやヴェルナー・ハイデルベルク、マックス・ボルンといった、量子力学の確立に大きな貢献をした物理学者たちによって提唱されました。コペンハーゲンという名称がついているのは、ボーアの研究所がデンマークの首都であるコペンハーゲンにあったためです。

コペンハーゲン解釈では、シュレディンガーの猫に起きたことをありのままに受け入れる、としています。すなわち、箱の中の猫はやはり生きている状態と死んでいる状態の重ね合わせになっていて、箱の中を観測した瞬間に状態が決定される、ということです。

量子力学では粒子の状態を|>(ブラケットと呼びます)という記号を用いて表すのですが、シュレディンガーの猫にこれを当てはめると次のようになります。

\次のページで「多世界解釈では世界が分かれて増えていく!?」を解説!/

|猫の状態> = 1/2(|生きている猫> + |死んでいる猫>)

猫の生死という結果だけに注目すれば、コペンハーゲン解釈と現実に矛盾はないように思えます。しかし、箱の中では猫の状態が混ざり合っている、という描像は現実とは大きく異なり、矛盾点を含んだままです。

多世界解釈では世界が分かれて増えていく!?

こちらはアメリカの物理学者ヒュー・エヴェレットが提唱した考え方です。この解釈では、粒子の状態を観測した瞬間に観測者のいる世界が、その状態の存在する世界に分岐していきます。これをシュレディンガーの猫に当てはめて考えると、箱を開けた瞬間に

----> 猫が生きている世界

----> 猫が死んでいる世界

と一つだった世界が別々の世界に分かれていくのです。どちらの世界でも観測する人からすると世界は一つしか存在しないので、結果だけに注目すれば矛盾はありません。

ですが、世界が次々に分かれていくというのは、やはり私たちの普段目にしている現実世界の姿とは異なりますね。

「シュレディンガーの猫」実は未解決問題

シュレディンガーの猫は、量子力学の特異性を際立たせる思考実験です。同時に、量子力学の持つ矛盾点を指摘するものでもあります。そして、ミクロの世界とマクロの世界を繋いだ時に生まれる矛盾点を完全に説明できる解釈は現れていません。ミクロの世界とマクロの世界を繋ぐ理論の登場が今後の研究に期待されます。

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物理理科量子力学・原子物理学

量子力学の内包するパラドックス「シュレディンガーの猫」を元理系大学教員がわかりやすく解説

今回はシュレディンガーの猫について解説していきます。
シュレディンガーの猫は、量子力学の持っている確率解釈を批判した思考実験です。今日では様々なメディアでも形を変えながら登場するなど、多くの人に知られたパラドックスの代表例でもある。

ではその内容についてシュレディンガーの猫に詳しいライター、ひいらぎさんと一緒に解説していきます。

ライター/ひいらぎさん

10 年以上にわたり素粒子の世界に携わり続けている理系ライター。中でもニュートリノに強い興味を持っており、その不思議な性質を日夜追いかけている。今回は量子力学の内包する矛盾点を指摘したシュレディンガーの猫についてまとめた。

量子力学と共に生まれたシュレディンガーの猫

image by PIXTA / 32887074

「シュレディンガーの猫」という言葉を、きっと誰もが一度は耳にしたことがあることでしょう。これは、オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレディンガーが1935年に量子力学の矛盾点や未完成である点を指摘するために発表した思考実験です。

しかし、今ではシュレディンガーの目的としていた批判以上に、量子力学が持っている特異な部分を際立たせる例え話と広く知られるようになっています。

では、その内容がどのようなものなのか、量子力学の成り立ちからシュレディンガーの猫の登場まで、順を追って見ていきましょう。

量子力学はミクロの世界を描く

image by PIXTA / 42336595

量子力学(または量子論とも呼ばれます)は、電子や原子といった目に見えないほど小さな粒子が起こす物理現象を説明する力学体系です。

1900年代は実験の技術が進み、これまで観察することのできなかった領域に科学者たちは足を踏み入れていきました。すると、ニュートンの作った古典力学だけでは上手く理解できない現象が、次々に発見されていきます。量子力学はそのような時代に生まれた学問です。同時期にはアインシュタインの相対論も発表されました。現在、量子力学と相対論は現代物理学の二本柱として、あらゆる理論の土台となっています。

量子力学の始まりは、シュレディンガーが波動方程式と呼ばれる方程式を発見したことでした。これにより、粒子の状態が確率的に決めることができるようになりました。「確率的に」というのは、粒子が今どこにいてどの向きに運動しているのかといった情報が確率として記述できる、ということです。

しかしこの「確率的にしか決められない」という結果は、当時の物理学者たちにとって、受け入れがたいものでした。

シュレディンガーによる思考実験

当時の物理学では、量子力学が粒子の状態を確率的にしか予測できないことは、まだ量子力学が未完成であるためだと思われました。それまでの物理学は、決定論と呼ばれるものに基づいています。決定論とは、最初の条件を決めればその後の状態や運動の様子は運動方程式などの物理法則によって完全に予測できる、というものです。もし仮に想定と違った結果が得られれば、それは前提としていた条件や法則が間違っていたことになります。

しかし様々な実験などで、粒子のようなミクロの世界を観測した時、粒子の状態は未確定で色々な状態が混ざり合っており(量子力学ではこれを「重ね合わせ」と呼びます)、観測することで初めてその状態が決定される、ということが実証されはじめました。

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