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フランスの英雄「ナポレオン」の偉大なる業績を歴女が5分で解説!

よぉ、桜木建二だ。今回は、軍人でありながら皇帝となった英雄「ナポレオン」についてだ。彼はクーデタで総裁政府を倒し、皇帝となった男だ。そして世界中に戦争を仕掛け、一度は退位に追い込まれてしまう。だがナポレオンは流刑となった後脱出し、パリへ戻り再び戦いに身を投じるようになったんだ。

それじゃあここからはナポレオンの軌跡を世界史大好き歴女のまぁこと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/まぁこ

ヨーロッパ史が好きなアラサー女子。ヨーロッパの絵画も好きで、関連した歴史の本を読み漁っている。今回はまぁこが、英雄として称えられているナポレオンの生涯について紹介していく。

1 ナポレオン登場!

image by iStockphoto

世界史の中で、白馬に乗り赤いマントをひらりと翻す軍服を着た彼を知らない人はいないでしょう。今回の主人公は英雄ナポレオン・ボナパルト。彼は軍人でしたが、クーデタによってフランスを牛耳ることに。そして世界中へ侵攻し戦争を仕掛けた人物です。ナポレオンと言えば、「私の辞書に不可能という文字はない」という文句はとても有名ですよね。そこで今回はそんな英雄ナポレオンの軌跡を一緒に見ていきたいと思います。

1-1 コルシカ島の貴族

ナポレオンは1769年にコルシカ島で生まれました。彼の生家は貴族。そして1784年にパリ士官学校に入学することに。通常4年はかかる士官学校でしたが、ナポレオンはわずか11か月で卒業。かなりのエリートですね。余談ですが、ナポレオンは数学が得意で、幾何学でナポレオンの定理を発見しています。

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ナポレオンが数学が得意だったのは驚きだな。そして幾何学のナポレオンの定理はナポレオンが発見したから名付けられたんだな。さて、次はナポレオンがパリの暴動を鎮圧した様子について説明していくぞ。

1-2 ヴァンデミエールの反乱

1795年にパリで王党派の反乱が起きました。これの鎮圧の指揮を取ったのがナポレオン。彼は王党派の暴徒に対してためらいなく葡萄弾と呼ばれる大砲用の砲弾を放ちました。葡萄弾は殺傷能力が高いため、ルイ16世は使用を禁止していた代物。ナポレオンは暴徒とはいえフランス国民に対してためらいなく放ったのを考えると恐ろしいですね。しかしこの反乱を鎮めたことで、彼の名声と昇進につながることに。

1-3 イタリア、エジプトへの遠征

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By アントワーヌ=ジャン・グロ – Usenet, パブリック・ドメイン, Link

フランス革命後にフランス革命政権を打倒しようと対仏大同盟が結ばれました。ナポレオンはこの同盟を解体するため、各地へ遠征へ。1796年から97年にかけてイタリアへと遠征し、イタリアとオーストリアに勝利。1798年からはイギリスとインドの交易を分断する為にエジプトへ向かいます。ナポレオン軍は陸の戦いでは勝利を収めましたが、海上ではネルソン率いる海軍に敗北したため、エジプトで孤立することに。余談ですが、エジプトへの遠征でナポレオンはロゼッタ・ストーンを発見しました。

1-4 ブリュメール18日のクーデタ

ナポレオンの遠征軍が孤立している中、イギリス、オーストリア、ロシアらが第2回対仏同盟を結ぶことになりました。この知らせを受けてナポレオンは部下をエジプトに置いたまま、パリへ帰還。そしてクーデタを起こし統領政府の第1統領へ就任しました。これは事実上の独裁政権の誕生でした。

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