イギリスヨーロッパの歴史世界史歴史

暴君「ヘンリー8世」から見るテューダー朝の繁栄を歴女が5分で解説!

よぉ、桜木建二だ。今回は、15世紀に君臨したテューダー朝のヘンリー8世についてみていくぞ。彼は教皇から破門された後、国王至上法を成立させて自らをイギリス国教会の首長となった人物だ。

それじゃあここからはヨーロッパの歴史に詳しいまぁこと一緒に解説していくからな。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

totocco0630

ライター/まぁこ

ヨーロッパ史が好きなアラサー女子。ヨーロッパの絵画も好きで、関連した歴史の本を読み漁っている。今回はまぁこが、信仰する宗教をカトリックからイギリス国教会へ転換をしたヘンリー8世を中心にテューダー朝について紹介していく。

1 ヘンリー8世ってどんな人物?

image by iStockphoto

今回はイングランドに君臨したヘンリー8世について。彼は6回も結婚を繰り返したことで有名な王ですね。もともとはカトリック教徒だったため、離婚するには教皇からの許可がいる時代。1回目の離婚は、妃が兄王と結婚していたから無効にしてもらったヘンリー8世。しかし、2回目の許可が貰えなかったヘンリー8世はどうしたのでしょうか。それではヘンリー8世について詳しく解説していきますね。

1-1 次男だったヘンリー

まずはヘンリー8世の生い立ちですが、彼はテューダー朝を開いたヘンリー7世の次男として誕生しました。兄は後にスペインの王女、キャサリン・オブ・アラゴンと結婚するアーサー。そして姉と妹の4人兄弟でした。ヘンリー8世は英才教育を受けたので、ラテン語もフランス語も堪能。多少ならイタリア語も話せたそうです。ヘンリー8世は成人するとかなりの大柄な体格に。どれほど大きかったかというと、亡くなった時に棺に収まりきらなかったと言われています。

1-2 兄王の妻と結婚した男

ヘンリー8世の初婚の相手は、なんと兄王の妻キャサリンでした。もともとはアーサーと結婚したキャサリン。しかしアーサーが急死したのです。本来ならばスペインへ帰国するはずだったキャサリン。しかしヘンリー7世はキャサリンが持ってきた持参金惜しさにヘンリー8世と結婚させることにしたのです。ですがカトリック信者だったため、本来は一度結婚したら離婚は無理でした。そこで教皇からアーサーとキャサリンの結婚は無効というお墨付きをもらい、ヘンリー8世はキャサリンと婚約することに。

1-3 離婚したかったヘンリー

無事に結婚できたヘンリー8世とキャサリン。2人の間には娘のメアリ(後のメアリ1世)が誕生します。しかし、なかなか後継者となる男児が生まれませんでした。次第にヘンリー8世はキャサリンとの離婚を考えるようになります。しかし当時カトリックは離婚を認められていませんでした。ヘンリー8世はキャサリンとの離婚問題によって教皇から破門されてしまいます。しかしヘンリー8世はキャサリンとの離別を選びました。こうしてキャサリンと離婚したヘンリー8世は、1533年にアン・ブーリンと結婚。そして彼女はエリザベス(後のエリザベス1世)を産みました。しかし男児を望んだヘンリーは、アンをでっち上げた罪により処刑しました。

no-img2″>
 <figcaption class=桜木建二

ヘンリー8世は次男だったんだな。そして兄アーサーの死で、兄嫁のキャサリンと結婚することになったんだ。でもキャサリンとの間に男の子が生まれなかったから、アン・ブーリンとの再婚へとなったわけだ。それじゃあ次はヘンリー8世のその後の結婚と治世について解説していくからな。

次のページを読む
1 2 3 4
Share:
totocco0630