日本史

「征夷」に込められた意味!「征夷大将軍」について元塾講師が分かりやすく5分で解説

よぉ、桜木建二だ。今日は征夷大将軍について勉強していくぞ。日本の歴史の中で最も多く登場するのがおそらく武士だろう。それもそのはず、武士は日本の歴史において700年近くも政権を握っていたからだ。

そして、武士の大将たる存在が征夷大将軍であり、鎌倉、室町、江戸の幕府時代において多くの征夷大将軍が歴史にその名を残してしてきたのは知っているだろう。今回は征夷大将軍をテーマにして日本史に詳しいライターリュカと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/リュカ

元塾講師で、現役のライター。塾講師とライター業に共通して「わかりやすい伝え方」に定評がある。今回は得意分野のひとつである「歴史」から征夷大将軍をわかりやすくまとめた。

征夷大将軍の目的と立場

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征夷大将軍の目的は「蝦夷の征伐」

征夷大将軍と聞くと、ほとんどの人は「幕府を開いた武士のトップに立つ人物」とイメージするでしょう。実際、鎌倉幕府が誕生して以降は室町、江戸、どの時代においても幕府のトップに立つのは征夷大将軍でしたからね。しかし元々はそうではなく、そもそも征夷大将軍は朝廷の令外官の1つなのです

そして、その目的は征夷大将軍の「征夷」がポイントになっています。征夷とは「蝦夷を征伐する」の意味、そして蝦夷とは「東北地方にいた人々」の意味……すなわち、征夷大将軍とは朝廷と対立していた蝦夷の征伐を目的とした臨時の官職です

実は蝦夷討伐を目的とした臨時の官職は征夷大将軍のみではなく、鎮東将軍・持節征夷将軍・持節征東大使・持節征東将軍・征東大将軍などがあります。つまり「征夷大将軍=幕府のトップ」のイメージどおりになるのは後のことで、初めて征夷大将軍に就いた人物は大伴弟麻呂(おおとものおとまろ)、まだ幕府が誕生する前の奈良時代から平安時代にかけての話です。

初代・征夷大将軍は大伴弟麻呂か坂上田村麻呂か

先程、初めて征夷大将軍に就いたのは大伴弟麻呂と解説しました。しかし、一方で坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が初代・征夷大将軍という声もあり、実際に学校でそう習った記憶がある人もいるのではないでしょうか。こうして意見が二つに分かれているのには理由があります。

まず、大伴弟麻呂が初めての征夷大将軍となったのは確かなのですが、ただ就任した当初の官職名は征東大使でした。つまり大伴弟麻呂は征東大使に就任、その途中で征東大使の官職名が征夷大将軍へと変更されたのです。一方、坂上田村麻呂は最初から征夷大将軍の官職を与えられています。

要するに官職名の問題なのですが、大伴弟麻呂は征夷大将軍として命じられたわけではなくその過程で征夷大将軍となったのです。そして坂上田村麻呂は最初から征夷大将軍として命じられています。つまり「征夷大将軍」の系譜だけを数えるなら坂上田村麻呂が初代・征夷大将軍、純粋に征夷大将軍に就いた順で数えるなら大伴弟麻呂が初代・征夷大将軍ということになるのです

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征夷大将軍と幕府はセットのイメージがあるが、元々はそうではなかった。征夷大将軍とは臨時の官職であり、その目的は「征夷」の名が示すとおり蝦夷の征伐にあったのだ。「鎌倉幕府の誕生=征夷大将軍の始まり」と考えると間違えてしまうぞ。

鎌倉時代の征夷大将軍

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