フランスブルボン朝ヨーロッパの歴史世界史歴史

ヨーロッパの名門「ブルボン家」出身者たちを世界史大好き歴女が5分で解説!

よぉ、桜木建二だ。今回はヨーロッパの名門中の名門ブルボン家について学んでいくぞ。ブルボン家は、フランスを治めた王朝で有名な人物だとルイ14世やルイ16世がいるぞ。他にも多くの有名な人物たちがいるから、ヨーロッパの歴史について詳しいまぁこと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/まぁこ

ヨーロッパ史が好きなアラサー女子。ヨーロッパの絵画も好きで、関連した歴史の本を読み漁っている。今回はまぁこがフランス文化を築き上げたブルボン家について紹介していく。

ブルボン家とは?

image by iStockphoto

ブルボン家とは、ヨーロッパの名門中の名門の一族です。16世紀にブルボン家のアンリ4世によって開かれたブルボン朝。そんなブルボン家には歴史を彩る人物が大勢います。例えばフランスの絶対王政の絶頂期を築いたルイ14世やフランス革命で倒れることになったルイ16世など。ここでは、そんなブルボン家のルーツやブルボン家出身の人々をピックアップして紹介していきます。

ブルボン家のルーツと王家の紋章

ブルボン家のルーツはカペー朝の傍流でした。アンリ4世の父はブルボン家の当主であったため、アンリ4世はヴァロワ朝に世継ぎがいない場合は王位継承権を得られるポジション。ちなみにアンリ4世がプロテスタントを信仰していたのは、彼の母の影響です。そしてブルボン家の多くの人物の名前にはルイがついている者が多く、ルイ王朝とも呼ばれています。そしてブルボン家はルイ14世によってスペインにも誕生することに。

またブルボン家の紋章は百合です。よく歴代の君主は、白い衣装と青いビロードに金糸の百合の刺繍が入った衣装で描かれていますね。ちなみに白はブルボン家のシンボルカラーです。

ブルボン朝を開いた「宙返りのアンリ」

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By François Dubois[1], パブリック・ドメイン, Link

ブルボン朝の始祖であるアンリ4世。彼には「宙返りのアンリ」というあだ名があります。このあだ名は、アンリ4世が自身の信仰する宗教をコロコロと変えたことからついたもの。ではなぜ彼は宗教を変えたのでしょうか。

当時のフランスは宗教戦争で大混乱!

アンリ4世が即位する直前のフランスはユグノー戦争で混乱していました。ユグノー戦争は、カトリックとプロテスタントの宗教戦争であり、ユグノーとはカトリック側から見たプロテスタントの呼び名。フランスはもともとカトリックの信仰国でしたが、ドイツから始まった宗教改革運動の波がフランスにも波及しました。国王シャルル9世カトリーヌ・ド・メディシスはユグノーを弾圧しますが、次第にユグノー信者は増加することに。

ユグノー戦争はカトリックとユグノーの対立でもあり、貴族の対立でもありました。そして、カトリックのスペインとプロテスタントのイギリスの代理戦争という面も。

3アンリの戦い

ユグノー戦争は次第に、貴族たちの争いに発展することに。ヴァロワ朝のアンリ3世、名門貴族ギーズ家出身アンリ、ブルボン家のアンリら三人の争いは3アンリの戦いと呼ばれています。最終的にヴァロワ朝とギーズ家のアンリは暗殺されたため、ブルボン家のアンリが冠を手にすることに。

しかし国内は混乱していたため、武力で治めていきます。国内を制圧しても問題はまだありました。ブルボン家のアンリはプロテスタントだったため、フェリペ2世が納得しなかったのです。そこでアンリはプロテスタントからカトリックへ改宗することに。1594年にカトリック教徒としてアンリ4世はフランスに迎えられました。

アンリ4世、「ナントの王令」を出す

アンリ4世は1598年にナントの王令を出し、ユグノー戦争を終結させます。ナントの王令はユグノーたちに制限はありますが、信仰の自由を保障。そしてアンリ4世自身もカトリックからユグノーへと改宗しました。

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