幕末日本史歴史江戸時代

行き過ぎた弾圧の原因と結末!「安政の大獄」の流れを元塾講師が5分で分かりやすくわかりやすく解説

徳川慶喜が15代将軍に就任

将軍継嗣問題で一橋派が推していた一橋慶喜は、井伊直弼の安政の大獄によって謹慎の処分を受けていました。安政の大獄が終わった後、謹慎が解けた一橋慶喜は再び政治活動を行います。そして一橋慶喜は15代将軍に就任、最後の征夷大将軍・徳川慶喜の誕生です。

ただ、徳川慶喜が将軍に就いていたのはわずか1年足らずであり、武力による倒幕ムードが加速する中で徳川慶喜は大政奉還を行って朝廷に政権を返上します。とは言え、徳川慶喜の政治への関心は高く、大政奉還を行った後も政治の実権を握ろうと目論んでいました。

と言うのも、まだ若い明治天皇に政治は不可能と読んでいたからです。一方で新政府側はこれを危惧、徳川慶喜をこのままにしておけば結局徳川家が政治の実権を握ってしまうと考えます。そこで王政復古の大号令を行って新政府の樹立を宣言、これによって徳川慶喜の権力は完全に失われてしまいました。

新政府軍と旧幕府軍による戊辰戦争が勃発

武力による倒幕ムードが加速していた中、徳川慶喜が大政奉還を行ったことで幕府がなくなります。つまり倒幕と言っても倒すべき幕府が存在しなくなったのです。当然倒幕の作戦は中止、そのまま新政府による新時代が訪れると思われました。

しかし、徳川慶喜は大政奉還を行った後も政治の実権を握ろうと画策します。そこで、新政府側は王政復古の大号令で徳川慶喜に辞官納地(官位と領地の返納)を決定するも、徳川慶喜は策略によってこれを有名無実化させることを半ば成功させました。

このため、不利な状況になりつつあった新政府側は武力によって旧幕府側を倒そうと考えます。そして、そのきっかけを作ったのが西郷隆盛であり、繰り返しの挑発行為に旧幕府側は激高、こうして新政府軍と旧幕府軍の争いとなる戊辰戦争が勃発するのです。

安政の大獄と一緒に井伊直弼も勉強しておこう

安政の大獄に最も関係する人物は井伊直弼で、今回の解説の中でも彼の名前は幾度となく登場したでしょう。安政の大獄を行ったのも井伊直弼ですし、安政の大獄が起こる原因を作ったのも井伊直弼でした。

さらに、安政の大獄の結末は桜田門外の変と呼ばれる井伊直弼の死であり、つまり安政の大獄において井伊直弼は切っても切れない人物なのです。ですから、安政の大獄を勉強する時には同時に井伊直弼も勉強しておくと効率が良いですよ。

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