三国時代・三国志世界史中国史歴史

三国志で最も悪辣といわれた「董卓」とは、本当に悪人だったのか?その一生を中国史マニアがわかりやすく解説

武勇に優れた青年は、最悪の暴君に変貌させられた?

『三国志』は三国時代終焉後間もなく、晋によって記された歴史書です。
魏の後継ともいえる晋にとって董卓は、君主・曹操の最初にして最大の敵として殊更悪く描かれたのかもしれません。

確かに董卓は、暴虐な振る舞いをしていたのでしょう。
敵に対しては一切の優しさも見せず、圧倒的な武力で支配していったと思います。

しかし、拉致された住民を救い出す、自身の褒美を部下に分け与える、炎上させた洛陽の民は、強引とはいえ長安まで連れていったことは事実でしょう。
第14代献帝を擁立した後は、遷都の際も守り抜き(董卓自身がその座につこうとはしなかった)、その最期は献帝の快気祝いと騙されてしまう、などどこかに人間らしい部分もあったのではないかと思います。

『暴君・董卓』は非常に魅力的な人物です。
時代が違えば、主君が違えば、彼もまた英雄の一人となっていたことでしょう。

『英雄・董卓』としての一面も、見てみたかったものです。

1 2 3 4
Share: