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「排日移民法」はどのような歴史から生まれた?元大学教員がわかりやすく解説

移民が制限されるなか考えだされたのが「写真花嫁」

大部分の男性は移住当初は独身。生活が安定すると結婚を考えるようになります。しかし、一度渡航したら日本に帰ることはほぼ不可能。直接会って、お見合いすることはできませんでした。

そこで考え出されたのが「写真花嫁」というシステム。これは写真のみでお見合いをし、結婚が決まったら花嫁が渡航するというもの。しかしこの行動は「不道徳」であるとアメリカに強い衝撃を与え、結果として日本人排除の風潮を強めることになりました。

1920年代のアメリカの科学は人種差別を後押しした

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アメリカ合衆国にて人種差別の機運が一気に高まったのが1920年代。日本人をはじめとする外国人の移住を制限する「排日移民法」が1924年に施行されたことも、この流れを勢いづけました。その法律の必要性を裏づけたのが同時の最新の科学でした。

白人種の優越性をとなえる「ダーウィニズム」が流行

「排日移民法」を施行するとき、ただ感情的に決定したわけではありません。当時の「科学」の考え方を理由に移民を排除することが正しいとされました。その「科学」とは「ダーウィニズム」と呼ばれるものです。

科学者であるダーウィンが、生物は生き残るために進化をし、それに適応できなかったものは絶滅するという見方を示しました。この「適者生存」を差別的にアレンジして、人類のなかで最も優れた白人種が生き残るためには、その他の人種を排斥する必要があると唱えたのです。

「優生学」がさらに移民の排除を科学的に裏づける

「ダーウィニズム」と関連するかたちで「排日移民法」の施行を後押ししたのが「優生学」です。これは、遺伝的に優れた者と劣った者を区別し、両者が結婚や出産などで交わらないようにするべきだ、と考えるもの。見た目、身体能力、学力など、あらゆる面で区別されました。

「優生学」を根拠に、アメリカに住む白人種の血統を守るため、移民を制限することは適切であるとみなされます。同時のアメリカでは、移民のみならず、アメリカ先住民(インディアン)、アフリカ系の人々を差別する際にも利用されました。

1924年に「排日移民法」が成立

Bundesarchiv Bild 102-00598, Tokio, Demonstranten vor amerikanischer Botschaft.jpg
By Bundesarchiv, Bild 102-00598 / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 de, Link

このように人種差別の機運が高まるアメリカで、1924年に施行されたのが「排日移民法」。とくにアジアエリアからの移民に厳しく適用される内容でした。アジア系の移民の半分以上が日本人であったため、実質、日本人を排斥する法律となります。

\次のページで「正確には移民の受入れ人数を制限する法律」を解説!/

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