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「フランクリン・ルーズベルト」はどのような政治家だった?元大学教員がその全貌をわかりやすく解説

「善隣外交」は本当に友好的な政策なのか?

「善隣外交」という言葉を聞くと平和的な外交のように感じられます。この外交手法の特徴は軍隊による領土侵攻を伴わないこと。中南米・カリブ海諸国の首脳と会議を定期的に会議を開き(パン・アメリカ会議)、そこで影響力を与えるという方法がとられました。

フランクリン・ルーズベルト大統領が善隣外交を推進した理由のひとつが共産化の流れを食い止めること。中南米・カリブ海諸国の多くは政権が不安定だったこともあり、ソ連や共産主義の影響を無視できない状況にあったからです。

善隣外交は傀儡政権に対する支配と紙一重

合衆国はもともと中南米・カリブ海諸国に海軍を派遣して支配力を保っていました。しかしフランクリン・ルーズベルト政権の時期になると、ゲリラ抗戦に苦しむようになり、海軍の撤退を余儀なくされます。その打開策として、直接関与するのではなく、傀儡政権を立ち上げて間接的に支配する方法をとるようになりました。

これまでの軍事占領を解消するかわりに、キューバにはバチスタ政権、ニカラグアにはソモサ政権を樹立させます。表向きは平和的に見えますが、実際はアメリカの支配が続く形となりました。善隣外交は、中南米・カリブ海諸国の政治的な混乱をさらに強めたと言ってもいいでしょう。

ニューディール政策の行き詰まりから第二次世界大戦に参戦

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By US Navy – U.S. Naval Historical Center Photograph #: NH 67209 : http://www.history.navy.mil/photos/sh-fornv/uk/uksh-p/pow12.htm Donation of Vice Admiral Harry Sanders, USN (Retired), 1969., Public Domain, Link

ニューディール政策で思うような効果を上げることができなかったフランクリン・ルーズベルトは第二次世界大戦に参戦することを決断。もともとフランクリンは参戦しないことを公約に掲げていました。しかし、経済回復をねらって方針を変更します。

軍需産業を拡大するために参戦を決断

ルーズベルト大統領が参戦を決めたのは、まずはアメリカが武器支援を行っていたイギリスや中国が、ヒトラー率いるドイツに負けることを避けたかったから。アメリカが支持していたイギリスは、ヨーロッパ本土にてドイツ軍に追い詰められた状況。たびたびイギリス首相から参戦を持ち掛けられていました。

この時期のルーズベルト政権は、公共事業による景気回復に陰りがみえはじめ、支持率がどんどん低下。戦争に関与することで軍事産業を拡大させ、支持率を高めようと考えたのです。

侵略する国を病人に例えた隔離演説

フランクリンは、戦争に参戦しないことを公約としていたため、その必要性を説明する必要がありました。そこで行われたのが「隔離演説」とよばれるスピーチです。侵略行為を「疫病」とたとえ、世界の共同体の健康をまもるため「病人」を「隔離」しなければならないと訴えました。

この「隔離演説」は、侵略国がどこを指すのかを明示していません。おそらく日独伊の3か国を指していると考えられています。この抽象的な演説は「レトリック演説」ともいわれ、アメリカ国内外で賛否両論をわきおこしました。

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