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「スペイン継承戦争」はなぜ起こった?ハプスブルク家マニアが5分でわかりやすく解説!

2-6 この戦争の勝者は誰か?

さて、この継承戦争で最も特をしたのは誰でしょうか。まんまとスペイン王に孫を付かせたルイ14世?いいえ、実はイギリスでした。条約では、フランスとスペインが永久的に合同することは禁じられました。そしてイギリスは、フランスから北アメリカの領土を得たばかりか、スペインからアシエントを譲渡されることに。イギリスはこれを手にしたことで、スペインのアメリカ植民地に奴隷を輸出することができるようになったのです。これによってイギリスは海外発展するきっかけとなり、三角貿易で栄えることに。

ちなみにこの継承戦争でハプスブルク家に味方したブランデンブルク選帝侯フリードリヒ3世は、オーストリア・ハプスブルク家のレオポルト1世によってプロイセンの初代王として王の称号を与えられます。この国が後にモンスターと言われるフリードリヒ大王を生み出し、オーストリアのシュレジエンを奪うことになると考えると、歴史とは面白いですよね。

栄華を誇ったスペイン・ハプスブルク家の終焉

かつては日の沈まない国と称された、スペイン。しかし盛者必衰の世の中には逆らうことができませんでした。カルロス2世の死によって各国が動いたスペイン継承戦争。フランスは多くの犠牲を払いながらも、ルイの孫フェリペ5世をスペインの王座へ座らせることができました。しかし最終的に利益を得たのがイギリス。イギリスのしたたかさが光りますね。

オーストリア・ハプスブルク家もスペイン・ハプスブルク家も、純血にこだわりすぎて幾度も繰り返した血族婚。その代償は大きく、濃い血ゆえに最期のスペイン・ハプスブルク家の王、カルロス2世は蝕まれることに。彼の死によってこれまで世界の中心だったスペイン文化がフランス文化へと移り変わりました。後年のオーストリア・ハプスブルク家のマリア・テレジアは読み書きをフランス語で行い、彼女の宿敵プロイセンのフリードリヒ大王はドイツ語は馬丁の言葉だとし、フランス語を話していたそう。スペイン継承戦争はスペイン・ハプスブルク家が断朝し、代わりにブルボン家がスペインの王座へ座ることになった戦争であり、イギリスの繁栄のきっかけとなった戦争でもありました。

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