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「スペイン継承戦争」はなぜ起こった?ハプスブルク家マニアが5分でわかりやすく解説!

2-1 スペイン・ハプスブルク家のプリンセス

ところでスペイン・ハプスブルク家のマリー・テレーズはなぜ宿敵フランスのルイ14世の元へ嫁ぐことになったのでしょうか。これは三十年戦争後も続いたフランスとスペインの戦いの条約によって決まったこと。フランスに敗北したスペインは、1659年にピレネー条約を結ぶことに。この条約によってスペイン・ハプスブルク家は、賠償金をフランスへ支払わない代わりに持参金付き王女を渡すという条件を飲まされます。そしてマリー・テレーズとルイの間に生まれた子どもにスペイン・ハプスブルク家の王位継承権はないとされていました。

2-2 ルイ14世の介入

さてピレネー条約で継承権がないとされたにも関わらず、なぜルイ14世は介入したのでしょうか。実はマリー・テレーズが嫁いだ時、フェリペ4世はマリーに持参金を持たせることができなかったのです。この時のスペインはもはや絶頂期を過ぎ、後退していったため。このため、ルイはこの条約は無効であるとし、自分の孫を継承させようとしたのでした。これに対し、オーストリア・ハプスブルク家が猛反発することに。

2-3 戦争の経過

さて当のスペイン王はどう思っていたのでしょうか。カルロス2世は死の直前に遺言書を書いていました。それによると、後継者にはルイ14世の孫、フェリペを指名。しかし条件付きで

2-4 継承戦争の行方

オーストリア、イギリス、オランダが同盟を組み、ルイ14世に宣戦布告して始まったスペイン継承戦争。当初は優勢だったフランスとスペインでしたが、次第に劣勢へ転じることに。この継承戦争は、ヨーロッパでの戦いとアメリカ植民地の2か所で行われることに。このアメリカ植民地戦争のイギリスとフランスとの戦いは、アン女王戦争と呼ばれています。ルイ14世はヨーロッパでの戦争で兵士を十分にアメリカへ送ることができずに、苦しい展開へ。ちなみにヨーロッパでの戦争では、同盟側もフランス・スペイン側もスイスの傭兵を雇っていたため、傭兵同士の戦いが主流となることに。

2-5 戦争の終結

この戦いは10年以上にも亘り続きましたが、ついに終結することに。終結するきっかけとなったのはオーストリア・ハプスブルク家の皇帝たちの死でした。オーストリア・ハプスブルク家のレオポルト1世はスペイン王として次男カルロス3世を擁立。しかしレオポルトが1705年に亡くなり、後を継いだヨーゼフが6年後に急死します。そのため、カルロス3世が神聖ローマ皇帝カール6世も兼ねることに。これに対して各国が危機感を強めました。カール5世のように再びハプスブルク家が広大な領土を手にすることを恐れたのですね。これによってスペイン王はフェリペ5世という動きに傾き、1712年に休戦。そして翌年にはオーストリア・ハプスブルク家以外とフランス・スペインとの間にユトレイト条約が結ばれることに。ハプスブルク家も14年にラシュタット条約を結んだため、戦争は終結しました。

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