平安時代日本史歴史

簡単でわかりやすい「平家物語」!あらすじや源平合戦のきっかけも歴史オタクが詳しく解説

今回は「平家物語」で平安末期から源平合戦までの流れを勉強していこう。「平家物語」は史実を元に書かれた軍記物語で、時代の変動の中で生きた人々に寄り添っているぞ。物語としての面白味もありますが、歴史を勉強するのにいいテキストにもなる。

このあたりに詳しいライターのリリー・リリコと一緒に解説していきます。

ライター/リリー・リリコ

義経をテーマに卒業論文を書いたおばちゃん。興味本意でとことん調べつくす。座右の銘は「何歳になっても知識欲は現役」。

「平家物語」とはなんだったのか

image by PIXTA / 8173282

まずは「平家物語」についてざっくり解説していきましょう。

「平家物語」の成立と語り手

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。」

有名なこの一文から始める「平家物語」は、平安時代の武士・平家一門を中心につづられた軍記物語です。「平家物語」を由来とした琵琶の弾き語り「平曲」が盲目の琵琶法師たちの弾き語り芸能として伝えられました。有名な話に「耳なし芳一」(小泉八雲『怪談』)がありますね。主人公の芳一は「平曲」を語る琵琶法師でした。

古典の教科書に必ず載っている「平家物語」は鎌倉時代に成立したとされていますが、正確な成立時期は分かっていません。また、作者も不明です。

「平家物語」あらすじ

物語は1156年(保元元年)の保元の乱、1160年(平治元年)の平治の乱の後、平清盛が朝廷で巨大な権力を得たところから始まります。太政大臣(現在でいう総理大臣)に就任した清盛は一族を次々と出世させていきました。どんなわがままを言おうと誰も逆らうものはいません。

もちろん、後白河法皇を筆頭に清盛をよく思わない貴族や武士はたくさんいました。1177年(安元三年)鹿ヶ谷の陰謀の失敗を経て、後白河法皇の息子・以仁王(もちひとおう)が平家追討を諸国の武士たちに命令します。以仁王の挙兵もまた失敗に終わってしまいますが、これが後に六年に及ぶ治承・寿永の乱へと繋がりました。この内乱が「源平合戦」です。

内乱の最中に清盛は病死し、平家一門は壇ノ浦の戦いで滅亡します。これによって、平家の栄華が終わりを告げたのです。

\次のページで「祇園精舎はどこのこと?沙羅双樹とは?」を解説!/

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