室町時代戦国時代日本史歴史

甲斐の虎・越後の龍と争い北条家を長らく率いていた「北条氏康」を戦国通サラリーマンが徹底解説

よぉ、桜木建二だ。戦国時代には様座な異名が付いた大名達が数多くいたようだ。一般的に有名な大名といえば甲斐の虎だった武田信玄と越後の龍だった上杉謙信が直ぐに名前が出てくる人達であろう。

そんな信玄と謙信と争い北条家を二代に渡って率いていた相模の獅子こと北条氏康について今回は歴史ライターwhat_0831と一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/what

学生時代は、沢山の歴史本を読み知識を深めた歴史好きのサラリーマン。特に、戦国時代が大好きであり、武士に憧れている。関東近郊で城といえば小田原城。今回は氏康が三代目当主となり小田原城を居城とし、様々な戦で勝利を挙げてきた武功や内政について紹介していく。

 

三代目北条氏誕生

北条初代だった伊勢宗瑞の孫として誕生し父の氏綱が北条氏と名乗ります。

臆病な性格だった

1515年に二代目北条氏綱と正室の養珠院殿の間に生まれ幼名を、伊豆千代丸と名乗っていきました。養珠院殿に関しては血筋がはっきりしておらず、不明な点が多く氏康が十三歳の時には亡くなっています。

幼少期には、鉄砲の音で怖がってしまうほどの臆病な性格だったため家臣達から笑われていました。これを恥だったと思った氏康は短刀で腹を切ろうとします。これを見た家臣の清水が、古来の勇将は音に敏感で勘が鋭いといい自害しようという思いから立派な将になる決意をしました。

元服から初陣へ

1529年に氏綱が左京大夫任官になった頃に元服したとされ、翌年1530年には初陣を飾ります。この頃に勢いがあった扇谷上杉家の当主だった上杉朝興と多摩川付近で対峙していくことになりました。

江戸城での戦いで氏綱に敗北していた朝興は、当時小沢城主だった氏康を攻め込み北条に一泡吹かせるつもりでいます。氏康の評判は臆病な性格での噂が広まっていたことで、簡単に攻略できると思っていた朝興。そして1530年6月頃に、朝興が大軍を率いて小沢城へ向かってきました。

少数の兵力で大軍朝興を破る

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氏康が大将にならざるを得ない状況となり、兵力差で負けているため籠城するかと思われましたが小沢城から討って出ることにしました。氏康を頼りない大将だと思っていた家臣達もこの動きを見て士気が向上していきます。

しかし、ベテラン朝興と初陣の氏康では戦場での経験値に差があり緒戦は散々足る結果で敗走し小沢城へ撤退しました。氏綱のような戦の経験が無いのでは勝てないと判断した氏康は、豪族だった中島隼人佐と乳母子の志水小太郎に道案内を頼み夜襲を仕掛けることにします。

勝利した扇谷上杉軍は、油断しており北条軍の少数兵が休憩している兵に攻撃をしていき軍が総崩れした朝興は急いで川越城まで引き返していきました。初陣ながら勝利を収めることができた氏康はここから数々戦功を挙げていきます。

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氏康は初陣で家臣達と己自身のみで、初陣を勝利することができた将はそうはいないだろうな。しかも相手は歴戦の上杉朝興を相手にして、奇襲を仕掛けていけたのも感が鋭い証拠だったかも知れないな。そして、北条記には氏康が勝ったと喜んだいたそうでその近くに位置していた坂を勝坂と名付けられたようだ。

氏綱から家督を継いでいく

初陣に勝利したことで、氏康の評価が高まり始めていきました。次第に戦場で自分の手腕を発揮していき認められていく存在となり、氏綱の後継者に相応しくなっていきます。

甲斐と駿河と相模で情勢が乱国する

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甲斐国には武田信虎が勢力を広めていましたが、国人衆による反発がありそこに駿河の今川氏と同盟を結んでいき甲斐国の国境付近で小さな小競り合いが続いていました。中でも有力国人衆とされていたのが、小山田氏で信虎とも氏綱とも敵対している状態となるも信虎と和睦し武田に服従するようになります。

北条氏と今川氏で同盟を結んだり、武田氏と和睦したりするも一時的なところがあり直ぐに抗争が起きていたため和睦など無意味となっていました。そして今川氏輝が当主となると武田との和睦が解消され甲斐と駿河国の国境で一進一退を繰り返していきます。

そこに同盟として援軍を率いて氏綱と氏康が、甲斐国の山中まで進行していき二万四千の大軍で小山田信有と勝沼信友の小山田・武田連合軍を壊滅させ勝利を収めました。この戦の直後に扇谷上杉氏が北条領土に攻め込む素振りを見せたことで氏綱は軍を引き返し撤退します。

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