今回は死海で人の体が浮く原理について解説していきます。死海は塩水で満たされた湖で、そこでは海と同じように人の体が浮かぶ。しかもその浮かび方は、海以上で沈まないほどだという。なぜ死海ではそのような現象が起きるのか。

その仕組みに詳しいライター、ひいらぎさんと一緒に解説していきます。

ライター/ひいらぎさん

10年以上にわたり素粒子の世界に携わり続けている理系ライター。中でもニュートリノに強い興味を持っており、その不思議な性質を日夜追いかけている。今回は死海で人の体が浮かぶ仕組みについてまとめた。

死海とは

image by iStockphoto

死海はアラビア半島の北西部にある塩湖で、東側はヨルダンの山々に面し、西側はエルサレムの起伏に富んだ丘に面しています。風光明媚な土地であり、聖書に出てくるソドム、ゴモラ、アドマン、ゼボイム、ゾアルという5つの都市があったと考えられているような歴史ある湖です。

では、その死海について特徴を見ていきましょう。

なぜ塩水が湖に?

死海やカスピ海(ロシア、アゼルバイジャン、トルクメニスタン、イラン、カザフスタンの五か国に面している)、グレートソルト湖(アメリカ合衆国・ユタ州)といった塩水で満たされた湖のことを、塩湖(または塩水湖)と呼びます。

なぜ淡水ではなく、塩分を含んだ水が湖に湛えられるのでしょうか。その理由は湖を取り巻く環境にあります。特に死海のような周りを陸地で囲まれた内陸湖の場合ですと、塩分やミネラルといった成分を多く含んだ水が川(死海の場合はヨルダン川)から流れ込んでくるのですが、湖に出口がないために、水が蒸発する一方で塩分などの成分は残ってしまい、相対的に水中の塩分濃度が上がってしまうのです。

ちなみに、水の蒸発によって死海には塩と豊富なミネラル分の混合物が残り、この混合物は工業や農業、化粧品などの医薬品において上質な原材料として活用されています。

色々な世界一

image by iStockphoto

死海は世界で最も塩分濃度が高い塩湖として知られていますが、その塩分濃度は約30%で、なんと海水の10倍ほどです。より具体的には、死海の水を1リットルすくうと、その中に塩分が230~270gほど含まれており、これが湖の底だとさらに濃さを増し、428gとなります。この高い塩分濃度ゆえに、死海には湧き水が出ている一部の箇所を除いて魚類が生息していません。この湖が「死海」と呼ばれる所以でもあります。

さて、死海が誇る世界一は塩分濃度だけではありません。実は死海は世界で最も低い場所でもあるのです。死海の湖面は海抜(海水面から測定した高さ)で示すと、-430mであり、海面から約400メートルも下に位置しています。さらに死海の深さは世界中の塩湖の中でも最も深く、平均水深が145m、最大水深が433mであり、海抜も含めて考えると湖の底は地表から800メートル以上も深い場所となってしまうのです。

浮き輪なしでも人の体が浮く?

死海では浮き輪がなくても人の体が浮き、沈むことの方がはるかに難しいと言われています。なぜそのような現象が起きるのか。その原理について考えていきましょう。

\次のページで「浮力とは」を解説!/

浮力とは

image by PIXTA / 38790195

まず水の上に浮かぶ現象を考える上で最も基本となる「浮力」について見ていきましょう。浮力はアルキメデスの原理によって説明することができます。

アルキメデスの原理:流体中の物体は、その物体が押しのけている流体の重さと同じ大きさで上むきの浮力を受ける。

水などの流体内にある物体の表面は,深さに比例した圧力を受けます。したがって、物体が感じる力は全体として上方向、その大きさはアルキメデスの原理により、物体が押しのけている流体の重さと同じです。

人の体が浮く原理

Buoyancy.svg
By Yupi666 オリジナルのアップロード者は英語版ウィキペディアPbroks13さん - [1], CC 表示-継承 3.0, Link

先ほどの浮力を数式を用いて考えていきます。水などの液体中に物体(人など)が浮かぶ状態を考えてみましょう。物体は液体中に体積V分だけ沈んだ状態で浮かんでいるとします。するとアルキメデスの原理より物体が感じる浮力は、液体の密度をρ、重力加速度をgとして次のように表現することができますね。

物体が受ける浮力(上向き)= ρVg

一方、物体には重力による力も働いています。物体の質量をmとすると、重力の大きさが次のようになることは明確ですね。

物体が受ける重力(下向き)= mg

物体が浮かんでいる、ということは、物体が受ける力が釣り合っている、ということでもあります。したがって、二つの式の間には次のような関係が成り立つはずです。

ρVg = mg → ρV = m

ここでさらに物体の密度をρ'、体積(浮かんでいる部分も含めた全体)をV'として表現すると、質量mはρ'V'となるので、液体の密度と物体の密度に関して次のような関係式が導けます。

ρV = m = ρ'V' → ρ/ρ' = V'/V

物体が液体中で浮かんでいるので、V' > Vが成り立つのは明らかですね。したがって、物体が液体に浮かぶために必要な条件は以下のようになります。

ρ/ρ' = V'/V > 1 → ρ > ρ'

すなわち、液体の密度が物体の密度よりも大きい場合、物体は液体の上に浮かぶことができるわけです。逆にこの関係式が崩れる場合は、物体が浮かんでいるという仮定も崩れてしまうので、物体は液体に浮かばず沈んでしまう、ということになります。

image by iStockphoto

得られた関係式を死海と人について適用してみましょう。死海の水の重さは塩分の量が水1Lあたり約300gなので、1000g(水1L)+ 300g(塩分)となり、死海の密度(=水に対する比重)は1300g/1000g = 1.3となります。一方、人の体の比重は一般的に0.93 ~ 1.1程度と言われているので、明らかに死海の比重の方が大きいことがわかりますね。

液体と物体の密度の関係式は物体の沈んでいる体積の割合でもあるので、死海の上に人が浮かぶ時、体のどれくらいの割合が浮かんでいるかも計算することができます。人の比重は簡単のために1だとしましょう。すると、密度の関係式より

ρ/ρ' = 1.3/1 = 1.3 = V'/V → V = V'/1.3

です。ここで1/1.3 ~ 0.769なので、おおよそ75%の部分が水の中にあり、約25%の部分が死海の上に出ていることがわかります。

死海では沈む方が難しい

もし死海で沈むことを考えてみると、死海の比重が人のものに比べて約3割大きいことから、その分の重量に等しい力を下向きに加えないといけないことがわかります。例えば体重60kgの人が沈んでみようとするとしましょう。すると、密度の差を埋めるために体重の約3割 = 18kgの力を下向きに加えないといけなくなります。20kgのバーベルを持ち上げるのと同じだけの力をバタ足などで作り出すのが相当に大変だというのは、想像に難しくないですね。

" /> 死海では人の体は沈まない?その仕組みを元理系大学教員がわかりやすく解説 – Study-Z
物理物理学・力学理科

死海では人の体は沈まない?その仕組みを元理系大学教員がわかりやすく解説

今回は死海で人の体が浮く原理について解説していきます。死海は塩水で満たされた湖で、そこでは海と同じように人の体が浮かぶ。しかもその浮かび方は、海以上で沈まないほどだという。なぜ死海ではそのような現象が起きるのか。

その仕組みに詳しいライター、ひいらぎさんと一緒に解説していきます。

ライター/ひいらぎさん

10年以上にわたり素粒子の世界に携わり続けている理系ライター。中でもニュートリノに強い興味を持っており、その不思議な性質を日夜追いかけている。今回は死海で人の体が浮かぶ仕組みについてまとめた。

死海とは

image by iStockphoto

死海はアラビア半島の北西部にある塩湖で、東側はヨルダンの山々に面し、西側はエルサレムの起伏に富んだ丘に面しています。風光明媚な土地であり、聖書に出てくるソドム、ゴモラ、アドマン、ゼボイム、ゾアルという5つの都市があったと考えられているような歴史ある湖です。

では、その死海について特徴を見ていきましょう。

なぜ塩水が湖に?

死海やカスピ海(ロシア、アゼルバイジャン、トルクメニスタン、イラン、カザフスタンの五か国に面している)、グレートソルト湖(アメリカ合衆国・ユタ州)といった塩水で満たされた湖のことを、塩湖(または塩水湖)と呼びます。

なぜ淡水ではなく、塩分を含んだ水が湖に湛えられるのでしょうか。その理由は湖を取り巻く環境にあります。特に死海のような周りを陸地で囲まれた内陸湖の場合ですと、塩分やミネラルといった成分を多く含んだ水が川(死海の場合はヨルダン川)から流れ込んでくるのですが、湖に出口がないために、水が蒸発する一方で塩分などの成分は残ってしまい、相対的に水中の塩分濃度が上がってしまうのです。

ちなみに、水の蒸発によって死海には塩と豊富なミネラル分の混合物が残り、この混合物は工業や農業、化粧品などの医薬品において上質な原材料として活用されています。

色々な世界一

image by iStockphoto

死海は世界で最も塩分濃度が高い塩湖として知られていますが、その塩分濃度は約30%で、なんと海水の10倍ほどです。より具体的には、死海の水を1リットルすくうと、その中に塩分が230~270gほど含まれており、これが湖の底だとさらに濃さを増し、428gとなります。この高い塩分濃度ゆえに、死海には湧き水が出ている一部の箇所を除いて魚類が生息していません。この湖が「死海」と呼ばれる所以でもあります。

さて、死海が誇る世界一は塩分濃度だけではありません。実は死海は世界で最も低い場所でもあるのです。死海の湖面は海抜(海水面から測定した高さ)で示すと、-430mであり、海面から約400メートルも下に位置しています。さらに死海の深さは世界中の塩湖の中でも最も深く、平均水深が145m、最大水深が433mであり、海抜も含めて考えると湖の底は地表から800メートル以上も深い場所となってしまうのです。

浮き輪なしでも人の体が浮く?

死海では浮き輪がなくても人の体が浮き、沈むことの方がはるかに難しいと言われています。なぜそのような現象が起きるのか。その原理について考えていきましょう。

\次のページで「浮力とは」を解説!/

次のページを読む
1 2
Share: