幕末日本史歴史江戸時代

戊辰戦争の初戦!「鳥羽・伏見の戦い」ー元塾講師が分かりやすく5分でわかりやすく解説

今日は鳥羽・伏見の戦いについて勉強していきます。江戸時代の終わり、日本において鎌倉時代から続いてきた幕府の歴史に終止符を打つ戦いとなったのが戊辰戦争です。

そして戊辰戦争の中ではいくつもの戦いが起こるが、鳥羽・伏見の戦いはその初戦となる。今回は戊辰戦争の中から鳥羽・伏見の戦いについて日本史に詳しいライターリュカと一緒に解説していきます。

ライター/リュカ

元塾講師で、現役のライター。塾講師とライター業に共通して「わかりやすい伝え方」に定評がある。今回は得意分野のひとつである「歴史」から鳥羽・伏見の戦いをわかりやすくまとめた。

戊辰戦争が起こるいきさつ

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大政奉還による江戸幕府の終わり

1854年に開国して以降、日本では倒幕ムードが漂うようになります。不平等条約とされる日米修好通商条約を天皇に無許可で調印、安政の大獄で攘夷派を厳しく弾圧、こうした幕府の行いに対して不満が高まり、薩摩藩や長州藩は武力による倒幕の考えを持つようになりました。

1867年、公家の岩倉具視は天皇より徳川慶喜討伐の指示を意味する「討幕の密勅」を手に入れます。最も、後にこれは偽の勅書ではないかとされていますが、そんなことを知らない徳川慶喜はこの情報を手に入れて焦りました。何しろ自身の討伐を天皇が指示したとなれば、焦るのも無理はないでしょう。

この頃の幕府は既に力を失っていましたから、武力で対抗する術もなく、このままではただ討伐されるのを待つばかりの状態です。怖れた徳川慶喜は自ら幕府を終わらせようと翌日すぐさま大政奉還を行い、政権を朝廷へと返上することにしました。そして朝廷はこれを受理、こうしてあっけない形でひとまず幕府の歴史は終わります。

徳川慶喜の本心と戊辰戦争の勃発

大政奉還で政権が朝廷に返上されたことで、幕府の将軍ではなく朝廷の天皇による政治が始まります。しかし、いくら人気があるとは言え明治天皇はまだ若く、それ以前にこれまで政治らしい政治を行っていなかった朝廷が果たして満足な政治をできるのでしょうか。

そんな考えから、徳川慶喜は大政奉還しつつも自分は政治の世界に残ろうと企み、その思惑どおり事は進みつつありました。一方、薩摩藩・長州藩はこの状況が面白くありません。徳川慶喜の大政奉還によって「討幕の密勅」を実行する機会を失い、しかも依然徳川慶喜が政治を行っているわけですからね。

そこで薩摩藩の西郷隆盛は徳川慶喜に対して散々挑発行為を行います。その結果、徳川慶喜は薩摩藩……つまり新政府軍を倒す気持ちが向上、こうして新政府軍と徳川慶喜率いる旧幕府軍が争うことになり、その争いこそ戊辰戦争と呼ばれる戦争なのでした。

鳥羽・伏見の戦いの勃発

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鳥羽 新政府軍の奇襲で敗走する旧幕府軍

1868年の1月3日の鳥羽街道、ここで旧幕府軍の部隊の先頭……すなわち先鋒が薩摩軍に遭遇します。旧幕府軍はそのまま通行しようとしますが薩摩軍はこれを阻止、街道を通行するしないで揉めた末、強引に通行しようとした旧幕府軍に対して薩摩藩は一斉に発砲しました。

戦闘を予測していなかった旧幕府軍はこれに混乱、銃に弾すら詰めていない状況の中、薩摩軍は大砲まで使って攻撃してきたのです。こうして奇襲を受けた旧幕府軍は反撃を試みるも劣勢は変わらず、薩摩軍の激しい攻撃によって敗れた旧幕府軍は逃げるしかありませんでした。

同じ頃、伏見においても全く同じ状況が起こります。やはり通行を巡って新政府軍と旧幕府軍が揉めており、ここでの新政府軍は薩摩藩・長州藩の兵士達でした。そして、鳥羽方面から銃声が聞こえたことをきっかけにここでも新政府軍と旧幕府軍が戦闘を開始します。

伏見 本陣を焼かれて敗走する旧幕府軍

旧幕府軍の会津藩兵新選組は突撃を繰り返して新政府軍を攻めますが、高台に陣取っていた薩摩藩の兵士達の砲撃によって旧幕府軍の本陣である奉公所が炎上しました。さらに新政府軍は近くの民家にも放火、炎に包まれた戦場で銃撃を受け続けた旧幕府軍は退却を余儀なくされます。

旧幕府軍を追い詰めた新政府軍は旧幕府軍の本陣である奉公所にまで突入、旧幕府軍の指揮官に任命されていた陸軍奉行の竹中重固は残った部隊を放置して逃亡していきました。鳥羽・伏見で起こった戦いはこうして新政府軍が有利に展開していきますが、この結果はむしろ意外だったかもしれません。

と言うのも、兵力の差では旧幕府軍が圧倒的に勝っており、新政府軍5000人の兵に対して旧幕府軍は15000人もの兵を揃えていたからです。つまり、兵士の数においては旧幕府軍が完全に有利でしたが、指揮官の逃亡などによってそれを戦略に活かしきれず敗北することになりました。

\次のページで「鳥羽・伏見の戦いの結末」を解説!/

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