今回はレイリー・ジーンズの法則について解説していきます。

レイリー・ジーンズの法則は空洞放射のエネルギーがどのような分布をしているかについて示したものです。レイリー・ジーンズの法則に詳しいライター、ひいらぎさんと一緒に解説していきます。

ライター/ひいらぎさん

10年以上にわたり素粒子の世界に携わり続けている理系ライター。中でもニュートリノに強い興味を持っており、その不思議な性質を日夜追いかけている。今回は空洞放射に関する古典的な法則である、レイリー・ジーンズの法則についてまとめた。

空洞が蓄えるエネルギーはどのようになるのか

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レイリー・ジーンズの法則は、「絶対温度Tの黒体から放射されるエネルギーの密度分布を示す法則」の一つです。黒体というのは「完全放射体」とも呼ばれ、あらゆる波長を持った電磁波(光)を吸収して、熱を電磁波として放出する(熱放射と呼びます)ことができる理想的な物体になります。

この法則はニュートン力学とマックスウェルの電磁気学といった古典物理学から導かれるのですが、それがどのようなものなのか、具体的にみていきましょう。

空洞放射

黒体は理想的な物体なので、それに近いものとして空洞の物体を考えます。大きな鉄の塊を加工して、中心をくり抜き、中を真空状態にしたとしましょう。これをある温度にまで上昇させると、当然、中の真空も同じ温度の平衡状態に達するはずです。すなわち、真空中には放射エネルギーが満たされている状態になります。これが空洞放射と呼ばれる現象です。

現実にはこの空洞に近いものとして、製鉄所の溶鉱炉などがあります。18世紀後半に起きた産業革命以降、製鉄業などで用いられる炉の中の温度を知りたいという需要がありました。そのため、この空洞放射が議論されるようになったのです。

科学者たちは炉の中の温度を調べるために、中の状態を乱さないほど小さい孔を開け、その内部から放射される光を観測しました。これは温度によって放射される光のエネルギーが変化すると考えたためです。そして、この流れの中で発見されたのが、レイリー・ジーンズの法則でした。1900年、イギリスの物理学者であるヘンリー卿が発表し、その後、1905年に同じくイギリスの物理学者ジェームズ・H・ジーンズによって修正されたため、法則には二人の名前が入っています。

レイリー・ジーンズの法則

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マックスウェルの電磁気学によると、真空中の光は電場と磁場が交互に繰り返された波のように振動しているので、バネのような弾性体として扱うことができます。そこでこの仮定を使って、空洞中の光のエネルギーを見積もっていきましょう。

まず簡単のために、一次元のバネが長さLの筒で振動する状態を考えてみます。バネは両端で固定されているとすると、許される振動数ν(固有振動数と言います)は波長λが2L、2L/2、2L/3……となるので、ν=c/λ=nc/2L(n=1, 2, 3,……)です。

これを光の場合に適用してみましょう。光の振動数をνとして、νからν+dνの間に存在する固有振動数の数はバネの考察から(2L/c)dνです。さらに空洞は三次元なので、少し複雑な計算を経由しつつこれを拡張すると、空洞の体積をVとして(8πV/c^3)ν^2 dνと表現することができます。

ここで統計力学から、バネの固有振動一つ一つにはkT(kはボルツマン定数)というエネルギーが等分配されることが知られていました。これを光にも適用するとレイリー・ジーンズの法則と呼ばれる式が得られます。

単位体積あたりνからν+dνの間の振動数をもつ光のエネルギー = (8π/c^3)ν^2kTdν

\次のページで「古典物理学の限界」を解説!/

古典物理学の限界

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レイリー・ジーンズの法則から、空洞内の光についてどのようなエネルギー分布(強度分布)を持っているかがわかりましたね。では実際に製鉄所の溶鉱炉のような空洞を観察し、光の強度分布を調べてみましょう。これでレイリー・ジーンズの法則が正しいのかどうかが分かるはずです。

法則と実測の比較

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By Darth Kule - 投稿者自身による作品, パブリック・ドメイン, Link

溶鉱炉で鉄を溶かす場合を見ていきましょう。鉄を溶かす際は約1,200度まで温度が上昇すると言われていますが、炉の小窓から内部を観察すると、温度によって見える色が異なることがわかります。温度が低い時には黒に近く、1,000度付近にまで上昇すると赤、さらに温度が高くなると光の色は白へと変化するのです。

さて、このように温度に応じて光の色、すなわち波長が変化することがわかったので、その様子を光の波長を検出できる装置で観測しましょう。図はその結果になり、横軸は観測した光の波長、縦軸は強度を示しています。そして黒線で描かれているのが、レイリー・ジーンズの法則から予想される光の強度です。

見ての通り、実際に観測された結果と法則の予測は、波長が短くなるにつれて合わなくなるのがわかりますね。特にレイリー・ジーンズの法則から導かれる光の強度は、短い波長に行くほど高くなり、無限に上昇していっています。

なぜ、このようなことが起きるのでしょうか。

エネルギーは等分配されない?

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レイリー・ジーンズの法則と実際の炉の観測から得られた結果を比較すると、次のようなことが分かりました。

・波長が長い(振動数が小さい)場合にはレイリー・ジーンズの法則に従うが、波長が短い(振動数が大きい)場合には、予測と実測が大きくかけ離れてしまう。

・波長が短ければ短いほど炉の中の光は大きなエネルギーを持ち、上限なく増え続けていく。

これらをそのまま受け止めると、溶鉱炉ではエネルギーが無限大に蓄えることが可能、ということになってしまいます。もちろん、現実にはそのようなことは起こらないですね。だとすると、レイリー・ジーンズの法則を導くために用意した仮定が間違っているということになります。すなわち「kTというエネルギーがそれぞれの固有振動を持った光に等分配される」という点です。特に、光の波長が短い(振動数が大きい)場合には、このエネルギーの等分配が成り立たないことが分かります。

さて、この問題なのですが、ニュートン力学とマックスウェルの電磁気学という当時の物理学において基礎となる理論からは説明できなかったため、当時の物理学者たちを大いに悩ませました。すると、1900年、プランクというドイツの物理学者によって、空洞放射をうまく説明できる法則が発表されます。「プランクの法則」と呼ばれるこの法則には、これまでの物理学とは一線を画す新しい概念「エネルギー量子」というものが導入されていました。これは空洞内の光は、hνというエネルギーを単位として、その整数倍しか持つことができない、というアイデアです。この考えはその後、量子力学という現代物理学の柱となる分野を発展させる上で重大な影響を与えることになります。

古典物理学の限界を示した「レイリー・ジーンズの法則」

レイリー・ジーンズの法則が発見された19世紀末から20世紀にかけては、ニュートン力学とマックスウェルの電磁気学の上に立脚された古典物理学だけでは説明できない物理現象が多く発見された時代です。このレイリー・ジーンズの法則も古典物理学の仮定から出発し、長い波長では空洞放射を説明できるものの、それ以外の領域ではうまくいかず、古典物理学の限界を端的に示しました。しかし同時にこれは、古典物理学を超えた、新たな理論を生み出す必要があることを示唆するものです。実際にその後、プランクによって空洞放射を説明する法則は完成され、そこに使われたアイデアが量子力学の発展に寄与しました。このように、レイリー・ジーンズの法則が果たした役割は、新たな物理学を切り開く上で重要であったのです。

" /> 空洞放射を古典物理学的に描いた「レイリー・ジーンズの法則」を元理系大学教員がわかりやすく解説 – Study-Z
古典力学物理物理学・力学理科

空洞放射を古典物理学的に描いた「レイリー・ジーンズの法則」を元理系大学教員がわかりやすく解説

今回はレイリー・ジーンズの法則について解説していきます。

レイリー・ジーンズの法則は空洞放射のエネルギーがどのような分布をしているかについて示したものです。レイリー・ジーンズの法則に詳しいライター、ひいらぎさんと一緒に解説していきます。

ライター/ひいらぎさん

10年以上にわたり素粒子の世界に携わり続けている理系ライター。中でもニュートリノに強い興味を持っており、その不思議な性質を日夜追いかけている。今回は空洞放射に関する古典的な法則である、レイリー・ジーンズの法則についてまとめた。

空洞が蓄えるエネルギーはどのようになるのか

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レイリー・ジーンズの法則は、「絶対温度Tの黒体から放射されるエネルギーの密度分布を示す法則」の一つです。黒体というのは「完全放射体」とも呼ばれ、あらゆる波長を持った電磁波(光)を吸収して、熱を電磁波として放出する(熱放射と呼びます)ことができる理想的な物体になります。

この法則はニュートン力学とマックスウェルの電磁気学といった古典物理学から導かれるのですが、それがどのようなものなのか、具体的にみていきましょう。

空洞放射

黒体は理想的な物体なので、それに近いものとして空洞の物体を考えます。大きな鉄の塊を加工して、中心をくり抜き、中を真空状態にしたとしましょう。これをある温度にまで上昇させると、当然、中の真空も同じ温度の平衡状態に達するはずです。すなわち、真空中には放射エネルギーが満たされている状態になります。これが空洞放射と呼ばれる現象です。

現実にはこの空洞に近いものとして、製鉄所の溶鉱炉などがあります。18世紀後半に起きた産業革命以降、製鉄業などで用いられる炉の中の温度を知りたいという需要がありました。そのため、この空洞放射が議論されるようになったのです。

科学者たちは炉の中の温度を調べるために、中の状態を乱さないほど小さい孔を開け、その内部から放射される光を観測しました。これは温度によって放射される光のエネルギーが変化すると考えたためです。そして、この流れの中で発見されたのが、レイリー・ジーンズの法則でした。1900年、イギリスの物理学者であるヘンリー卿が発表し、その後、1905年に同じくイギリスの物理学者ジェームズ・H・ジーンズによって修正されたため、法則には二人の名前が入っています。

レイリー・ジーンズの法則

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マックスウェルの電磁気学によると、真空中の光は電場と磁場が交互に繰り返された波のように振動しているので、バネのような弾性体として扱うことができます。そこでこの仮定を使って、空洞中の光のエネルギーを見積もっていきましょう。

まず簡単のために、一次元のバネが長さLの筒で振動する状態を考えてみます。バネは両端で固定されているとすると、許される振動数ν(固有振動数と言います)は波長λが2L、2L/2、2L/3……となるので、ν=c/λ=nc/2L(n=1, 2, 3,……)です。

これを光の場合に適用してみましょう。光の振動数をνとして、νからν+dνの間に存在する固有振動数の数はバネの考察から(2L/c)dνです。さらに空洞は三次元なので、少し複雑な計算を経由しつつこれを拡張すると、空洞の体積をVとして(8πV/c^3)ν^2 dνと表現することができます。

ここで統計力学から、バネの固有振動一つ一つにはkT(kはボルツマン定数)というエネルギーが等分配されることが知られていました。これを光にも適用するとレイリー・ジーンズの法則と呼ばれる式が得られます。

単位体積あたりνからν+dνの間の振動数をもつ光のエネルギー = (8π/c^3)ν^2kTdν

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