『竹取物語』は知っているよな?古典でも習ったでしょう。じゃあ、日本で最初に文字に記された小説が『竹取物語』というのは知っているか?紫式部の『源氏物語』にも「物語の親」と書かれている。

今回は『竹取物語』の内容だけでなく、物語から当時の民間伝承や風俗について歴史マニアのリリー・リリコと一緒に解説していきます。

ライター/リリー・リリコ

興味本意でとことん調べつくすおばちゃん。座右の銘は「何歳になっても知識欲は現役」。日本文化や古来の風俗に興味を持ち民俗学をかじる。「物語の親」である『竹取物語』は当時の世界観を探る優良な資料だと判断し、過去に内容の分析を行った。

『竹取物語』を取り巻く世界

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古典の授業で必ず履修する『竹取物語』。日本人の誰もが親しんだ物語であり、2015年『竹取物語』を原作とした某アニメ映画は外国の映画祭や賞に出展されて世界中に知られることとなりました。

『竹取物語』の冒頭数行を暗記してきなさい、と宿題を出された方も多いのではないでしょうか?出だしの「今は昔」はこのころの物語の冒頭につく慣用句で、「今となってはもう昔のことだが」という意味です。要するに、「むかーし、むかし、あるところに~」と私たちが子どものころに聞いたおとぎ話の語り始めと同じですね。

さて、『竹取物語』の解説を始めるにあたって、まず物語のあらすじから復習していきましょう。

「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり」

昔、竹を取って様々なことに使っていた竹取の翁(おきな)というおじいさんがいました。ある日、おじいさんがいつものように竹を取りに行くと、根本が光っている竹があります。不思議に思いながら見ると、竹の中に三尺(90.9センチ)ほどのとても可愛らしい子どもが座っていました。おじいさんは「きっと私の子におなりになるはずの人だ」と言ってその子を連れて帰ります。おじいさんはおばあさんと一緒に子どもを育て「なよ竹のかぐや姫」と名付けました。子どもは尋常ではない速さですくすくと成長し、たった三ヶ月で大人の女性になります。

大人になったかぐや姫はとても美しく、世の中の男はみんな姫に夢中になってしまいました。とりわけ、五人の貴公子が熱を上げて求婚を迫るので、かぐや姫はこの五人に難題を吹っ掛けて叶えられた人と結婚するということにします。けれど、誰一人として難題を解決することはできずにみんな諦めてしまったのです。その後、かぐや姫の美貌を聞いた時の帝がぜひ彼女を宮中にと誘うのですが、これにもかぐや姫は応えません。

そうしているうちに、かぐや姫が月を見ては泣くようになってしまいました。おじいさんがわけを聞くと、かぐや姫は実は月の都の人間であると初めて告白したのです。そして、もうすぐ月から迎えが来るとも。

いよいよその日が迫ると、かぐや姫を月へ返したくないおじいさんとおばあさんは帝に頼んで兵を派遣してもらい、屋敷の警備を固めます。ところが、いざ月の使者たちが天から現れると誰も動くことはできません。固く閉ざされていた戸が勝手に開き、とうとうかぐや姫が使者の前に立ちます。かぐや姫は別れに涙するおじいさんとおばあさんに手紙を、帝へは不死の薬を残すと、天の羽衣をまとい、地上での思い出やおじいさんたちへの情をすべて忘れて月へと帰っていきました。

その後、不死の薬を受け取った帝は、かぐや姫のいない世界で不死などと、と嘆き、富士の山頂で不死の薬を燃やしたのです。

物語に潜むキーワード

『竹取物語』が成立したとされるのは平安時代初期。作者は不明です。しかし、『竹取物語』にはそれまでの日本に存在していた民間信仰、伝承、文化、政治的要素、そして富士山、とたくさんのキーワードが散りばめられているので、教養のある上流貴族の男性ではないかと推定されています。『竹取物語』はこれだけ壮大に風呂敷を広げながらも破綻せずにすべてきれいに収めた大作ですね。

不思議な生まれ方をする特別な子どもたち―異常出生譚―

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耳慣れたおとぎ話だからか、竹から女の子が生まれるという奇異な状況を誰も疑問に思うことはないでしょう。他にも桃太郎など植物の中から生まれるおとぎ話もありますし、慣れ親しんだパターンと言っても過言ではありません。

\次のページで「竹から生まれたかぐや姫」を解説!/

竹から生まれたかぐや姫

かぐや姫や桃太郎のように通常ではない生まれ方をする話を「異常出生譚」といいます。そして、このように生まれてくるものは、えてして特異な能力を持つ、あるいは、成長後の英雄譚がつきものです。かぐや姫の場合は、「成長が早い」「尋常ならざる美貌」「月の姫君」が特異点となりますね。

また、かぐや姫が生まれた「竹」も重要なアイテムでした。そもそも竹は古来から日本各地に自生しており、遺跡から竹細工の品が出土していることもあって、昔から生活の中に深く根付いていたことがわかります。七夕の竹やお正月の門松、あるいは地鎮祭で使われたりと現代でも儀式的なところに風習が残っていますね。

竹は冬でも枯れず、成長が早く、さらに繁殖もすさまじいことから繁栄の象徴とされています。「空洞には神様が宿る」と伝承もあり、竹は古くから神聖視されてきたのです。

余談ですが、桃太郎は桃から生まれますよね。桃は魔を払う神聖な果物とされているからなんです。これは『古事記』でイザナギノミコトが黄泉の国から逃げる際に黄泉醜女たちに投げて退けたことに由来します。ついでに、イザナギノミコトの逃亡途中にはタケノコも登場しますので、ここでも竹が活躍しているのです。

異常出生譚に関わる高僧たち

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通常ではない生まれ方をしたのが、かぐや姫や桃太郎など100パーセントおとぎ話だけのものかと言うと、そうでもありません。異常出生譚のひとつに「墓中出生譚」というものがあります。懐妊中の母親が亡くなり、お墓の中で子どもが産まれる、というものでちょっとした怪談としても語られてきました。

墓中出生の類話にあるのが「子育て幽霊」。お墓の中で産んだ赤ん坊のため母親の幽霊が飴を買いに出たのをきっかけに出産が発覚するというもの。ただし、この怪談はオチには「子どもは後に高僧となった」と続くものが多いのです。この伝説を持つ僧侶としては天台宗の頭白上人、曹洞宗の通幻寂霊など、実際に存在した僧の名前が上がります。このように、異常な生まれという存在は昔から「特別な人間」が生まれた証左とされてきたのです。

どうしても結婚したくなかった―求婚難題説話―

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おじいさんに促されながらも、誰とも結婚しなかったかぐや姫。いつまでも諦めずに求婚を続ける五人の貴公子を断ち切るために、かぐや姫は難題をふっかけます。

五人の貴公子たちの正体

あらすじをなるべく簡潔にするために省略したのですが、実は、この五人の貴公子たちは672年の「壬申の乱」に関わった貴族がモデルとなっています。しかも、そのうち三人はそのまま実名で!(現代なら親族から訴えられるかも)

「壬申の乱」は古代日本における最大の内乱とされています。天智天皇の息子・大友皇子が皇位を継ぐのですが、弟の大海人皇子(後の天武天皇)がクーデターを起こして天皇の座を奪い取ってしまうんですね。平安時代初期は壬申の乱からおおよそ100年後。それも乱で戦った子孫たちが朝廷で政権を取っている時代ですから、『竹取物語』が発表された当時は生々しさがあったことでしょう。

モデルとなった阿倍御主人、大伴御行、石上麻呂は実名で、あとのふたりについては江戸時代の国学者・加納諸平が、車持皇子は藤原不比等、石作皇子は多治比嶋(たじひのしま)ではないかと指摘しています。藤原不比等は時の権力者藤原家の家祖、多治比嶋は宣化天皇の血を引いていますから、堂々と書くことができなかったのでしょう。

入手困難な宝を求めて

五人の貴公子から熱烈な求婚を受けたかぐや姫。しかし、彼女は誰を選ぶこともなく、五人の愛情の深さを計るためだと入手困難な宝を探してくるように言い渡しました。このように一筋縄でいかない無理難題を課す求婚話を「課題婚」といい、日本神話にも採用されています。本来なら、難題を課された男性が女性の助けなどを借りることでクリアするのですが、『竹取物語』では真逆をいっていますね。

阿倍御主人には「火鼠の裘」、大伴御行には「龍の首の珠」、石上麻呂には「燕の産んだ子安貝」、車持皇子には「蓬莱の玉の枝」、石作皇子は「仏の御石の鉢」。どれも聞いたことのないような、あるいは伝説上のアイテムです。これでどうなったかと言うと、阿部御主人は偽物を掴まされ、大伴御行と石上麻呂は脱落、車持皇子と石作皇子は嘘をついてやりこめようとしました。中でも酷いのが車持皇子で、職人に命じて蓬莱の玉の枝を作らせるのですが、その代金を支払わなかったために、もう少しのところで嘘がバレてしまいます。

この章は古代より伝わる課題婚を踏襲しながらも、セオリーを外してくるところにユーモアがあり、またこっそり政治家への批判を織り交ぜているのです。

\次のページで「当時の結婚システム」を解説!/

当時の結婚システム

古代の日本における結婚は基本的に「妻問婚(つまどいこん)」が採用されていました。紫式部の『源氏物語』に書かれるように、夫が妻の家を訪ねていくスタイルですね。夫が三日通えばそれでもう結婚成立。夫の足が向かなくなれば離婚という、なんとも曖昧なものです。ついでに一夫多妻制でもありました。正妻であれば夫の家に住めるのですが、側室の女性はそのまま実家に留められますから、夫が通ってこなくなった妻の恨みの和歌なども多く残っていますね。

かぐや姫は作中でこのような憂き目に遭いたくない、と結婚をしない理由にしたのです。

『竹取物語』に滲む伝承―異類婚姻譚―

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化生の存在が人間にもたらす幸

物語の後半、帝の誘いを断ったかぐや姫はやがて月を見ては泣き暮らすようになりました。そして、月の使者たちが迎えに来て地上から去ってしまいます。

さて、ここでおじいさん「竹取の翁」の視点に立ってストーリーを追ってみましょう。物語の冒頭でかぐや姫を連れ帰ったおじいさんは、その後、再び竹林で金の入った竹を見つけて大金持ちになり、最後にかぐや姫は去っていきます。つまり、

「特別なものが家に来る」→「裕福になる」→「特別なものが去る」

という構図が成り立つわけです。これ、どこかで聞いたことがありませんか?

「鶴の恩返し」をはじめ、日本には恩返しに家を訪ねて来る化生の類話が数多く存在します。多くの場合、その家の男と化生の女が結婚するも、女が正体を見破られて悲しい別れを迎えるというパターンが多いです。人と、人でないものが婚姻する話を「異類婚姻譚」といいます。日本だけでなく世界中で見られる伝承のひとつですね。

かぐや姫は前章で結婚こそ避けましたが、おじいさんとおばあさんに富をもたらしています。

かぐや姫と羽衣伝説

作中で月の使者に渡された羽衣を着ると、かぐや姫は地上であったことすべてを忘れて月へと帰っていきます。

羽衣は古くから天女が身に着けている重要なアイテムなのです。滋賀県長浜市や京都府京丹後市に残る「羽衣伝説」、あるいは七夕伝説へとつながる「天人女房」にも必ず天女の必需品として描かれ、羽衣を隠されてしまったために天女は地上に留まらざるを得なかったとされています。「羽衣をまとう」とはすなわち、「地上と離別して元の世界へ帰る」という物語のお約束になるわけです。かぐや姫もそのルールに則っていますね。

富士山と不死の薬

日本一高い山として知られる富士山。帝はかぐや姫から贈られた不死の薬を天に最も近い場所として富士山の山頂で焼くよう命じました。『竹取物語』の締めくくりには、「多くの兵士を引き連れて山に登ったことから、その山を『富士の山』と名付けた」と書かれ、「その煙は未だ雲の中へ立ち上る」とされています。

「不死」の薬と「富士」山をかけつつ、本編を富士山の縁起物としての性質を最後の最後に露見させたかと思いきや、その富士山が当時活火山だったという記録としての性格まで表しているのです。

\次のページで「要素てんこ盛りながら破綻しなかった欲張りな物語」を解説!/

要素てんこ盛りながら破綻しなかった欲張りな物語

政治批判をしようとすればそこに偏り、おとぎ話をしようとすれば超常的な話になってリアリティにかけてしまいます。けれど、『竹取物語』はかぐや姫の誕生から月への帰還まで、さまざまな要素を盛られながらもどれひとつとして食い合わず、破綻させずにきっちりに納め切っていました。こんなに欲張りできれいな物語は多くなく、平安時代から受け継がれた奇跡の物語と言っても過言ではありません。まさに私たち日本人が世界に誇る物語なのです。

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平安時代日本史歴史

日本最古の小説『竹取物語』を歴史マニアが5分でわかりやすく解説

『竹取物語』は知っているよな?古典でも習ったでしょう。じゃあ、日本で最初に文字に記された小説が『竹取物語』というのは知っているか?紫式部の『源氏物語』にも「物語の親」と書かれている。

今回は『竹取物語』の内容だけでなく、物語から当時の民間伝承や風俗について歴史マニアのリリー・リリコと一緒に解説していきます。

ライター/リリー・リリコ

興味本意でとことん調べつくすおばちゃん。座右の銘は「何歳になっても知識欲は現役」。日本文化や古来の風俗に興味を持ち民俗学をかじる。「物語の親」である『竹取物語』は当時の世界観を探る優良な資料だと判断し、過去に内容の分析を行った。

『竹取物語』を取り巻く世界

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古典の授業で必ず履修する『竹取物語』。日本人の誰もが親しんだ物語であり、2015年『竹取物語』を原作とした某アニメ映画は外国の映画祭や賞に出展されて世界中に知られることとなりました。

『竹取物語』の冒頭数行を暗記してきなさい、と宿題を出された方も多いのではないでしょうか?出だしの「今は昔」はこのころの物語の冒頭につく慣用句で、「今となってはもう昔のことだが」という意味です。要するに、「むかーし、むかし、あるところに~」と私たちが子どものころに聞いたおとぎ話の語り始めと同じですね。

さて、『竹取物語』の解説を始めるにあたって、まず物語のあらすじから復習していきましょう。

「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり」

昔、竹を取って様々なことに使っていた竹取の翁(おきな)というおじいさんがいました。ある日、おじいさんがいつものように竹を取りに行くと、根本が光っている竹があります。不思議に思いながら見ると、竹の中に三尺(90.9センチ)ほどのとても可愛らしい子どもが座っていました。おじいさんは「きっと私の子におなりになるはずの人だ」と言ってその子を連れて帰ります。おじいさんはおばあさんと一緒に子どもを育て「なよ竹のかぐや姫」と名付けました。子どもは尋常ではない速さですくすくと成長し、たった三ヶ月で大人の女性になります。

大人になったかぐや姫はとても美しく、世の中の男はみんな姫に夢中になってしまいました。とりわけ、五人の貴公子が熱を上げて求婚を迫るので、かぐや姫はこの五人に難題を吹っ掛けて叶えられた人と結婚するということにします。けれど、誰一人として難題を解決することはできずにみんな諦めてしまったのです。その後、かぐや姫の美貌を聞いた時の帝がぜひ彼女を宮中にと誘うのですが、これにもかぐや姫は応えません。

そうしているうちに、かぐや姫が月を見ては泣くようになってしまいました。おじいさんがわけを聞くと、かぐや姫は実は月の都の人間であると初めて告白したのです。そして、もうすぐ月から迎えが来るとも。

いよいよその日が迫ると、かぐや姫を月へ返したくないおじいさんとおばあさんは帝に頼んで兵を派遣してもらい、屋敷の警備を固めます。ところが、いざ月の使者たちが天から現れると誰も動くことはできません。固く閉ざされていた戸が勝手に開き、とうとうかぐや姫が使者の前に立ちます。かぐや姫は別れに涙するおじいさんとおばあさんに手紙を、帝へは不死の薬を残すと、天の羽衣をまとい、地上での思い出やおじいさんたちへの情をすべて忘れて月へと帰っていきました。

その後、不死の薬を受け取った帝は、かぐや姫のいない世界で不死などと、と嘆き、富士の山頂で不死の薬を燃やしたのです。

物語に潜むキーワード

『竹取物語』が成立したとされるのは平安時代初期。作者は不明です。しかし、『竹取物語』にはそれまでの日本に存在していた民間信仰、伝承、文化、政治的要素、そして富士山、とたくさんのキーワードが散りばめられているので、教養のある上流貴族の男性ではないかと推定されています。『竹取物語』はこれだけ壮大に風呂敷を広げながらも破綻せずにすべてきれいに収めた大作ですね。

不思議な生まれ方をする特別な子どもたち―異常出生譚―

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耳慣れたおとぎ話だからか、竹から女の子が生まれるという奇異な状況を誰も疑問に思うことはないでしょう。他にも桃太郎など植物の中から生まれるおとぎ話もありますし、慣れ親しんだパターンと言っても過言ではありません。

\次のページで「竹から生まれたかぐや姫」を解説!/

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