アメリカの歴史世界史歴史独立後

公民権運動の中心人物「キング牧師」とアフリカ系アメリカ人の地位向上の歴史を元大学教員がわかりやすく解説

元奴隷の教育者ブッカー・T・ワシントンの活躍

南北戦争の終結により、奴隷制度そのものはなくなり、アフリカ系の人々は解放されます。とはいえ人種差別は根強く残り、大部分のアフリカ系の人々は十分な機会を与えられませんでした。しかしアフリカ系のなかには、白人の支援を得て知名度を獲得する人物が出てきます。

奴隷解放後に教育を受け、教育学者となった人物がブッカー・T・ワシントンです。彼自身が白人の支援を受けて成功した背景から、白人社会に溶け込むために「有益なスキル」を身に着けることの重要性を説きました。数多くの講演活動をすると共に、アフリカ系の人々のための職業訓練学校の校長も務めます。

アフリカ系住民の連携を呼びかけるパン・アフリカ主義が登場

ブッカー・T・ワシントンの考え方は、白人社会に融合することを説く穏健派。アメリカではなくアフリカに心を向ける知識人や活動家もあらわれました。そこで、世界各国の黒人の連携を呼びかけ、アフリカにルーツを求めるパン・アフリカ思想があらわれます。

黒人に内在するジレンマを理論化したハイチ系のW・ E・B・デュボイス

W・ E・B・デュボイスはハーバード大学で博士号を取得した黒人知識人。パン・アフリカ思想の急先鋒にいましたが、彼自身はハイチ系の血が流れていました。もっとも有名な著作が『黒人のたましい』。アフリカ系の人々の心にある「アフリカ」と「アメリカ」の二重性とそのジレンマを分析しました。

W・ E・B・デュボイスは全米黒人地位向上協会を設立し、ヨーロッパをはじめとする世界各国で講演活動を展開。アフリカ系の連携を説きました。アメリカ市民権を捨てたデュボイスは、ガーナに帰化してアフリカ百科事典の編纂にたずさわります。1963年にガーナの首都アクラにて95歳の生涯をおえました。

ジャマイカ出身のマーカス・ガーヴェイはアフリカ帰還運動を展開?

アフリカ帰還運動を展開したとされるのがジャマイカ生まれのマーカス・ガーヴェイ。イギリスにてブッカー・T・ワシントンの著作に出会い、職業訓練学校をジャマイカに作ることを思案。ブッカー・T・ワシントンを頼ってアメリカに渡ります。しかしにブッカー・T・ワシントン亡くなっていました。

講演者としてカリスマ的な人気を獲得したガーヴェイ。黒人の故郷としてリベリアに大学や交通機関を設立しようとしますが叶わず。貿易会社ブラック・スター・ライン社の経営者であったことから、黒人のアフリカ帰還を画策しているとみなされ、投獄のすえジャマイカに強制送還されました。

「キング牧師」は暴力ではなく言葉で公民権運動を進める

1960年代に入るころ、アフリカ系のみならず女性、同性愛者、障がい者など、社会的なマイノリティの地位向上を訴える機運が高まります。とりわけ若者層を中心に、旧来の価値観から自由になることを目指す運動が活発化。そのなかでキング牧師は暴力ではなく言葉の力をアピール、公民権運動のリーダーとなっていきます。

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