今回はコンプトン効果について解説していきます。コンプトン効果は光やそのX線が何らかの物体によって散乱されると、その中に元の波長よりも長いものが混じる現象です。

今回はコンプトン効果に詳しいライター、ひいらぎさんと一緒に解説していきます。

ライター/eastflower

10年以上にわたり素粒子の世界に携わり続けている理系ライター。中でもニュートリノに強い興味を持っており、その不思議な性質を日夜追いかけている。今回は光が粒子性を示すために起きる現象、コンプトン効果についてまとめた。

コンプトン効果とは?

image by PIXTA / 4719628

コンプトン効果は、物質にX線を照射すると、散乱されたX線の中に入射したX線と同じ波長を持つものの他に、より長い波長のX線が含まれる現象のことです。この現象は1923年、アメリカの物理学者アーサー・コンプトンによってその原因が解明されました。その成果により、コンプトンはのちにノーベル物理学賞を受賞しています。

コンプトンが行なった実験

Compton ex1.jpg
By Ito Sho 1123 - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, Link

X線の発見当時から、金属などの結晶にX線を当てると、出てきたX線の中に元の波長とは異なるものが混じる現象は知られていました。しかし、なぜそのようなことが起きるのか、当時の物理学の理論ではこれをうまく説明することができてませんでした。

そこでコンプトンは、色々な種類の結晶にX線を照射して、その結果として出てくるX線(二次X線と呼びます)の波長変化を詳しく調べていきました。

ちなみに、X線というのは波長が0.001~10nmの電磁波の一種です。電磁波にはその波長によってX線やガンマ線、紫外線、可視光、電波というように名前がついており、光をより一般化したものになります。

コンプトンは上の図に示したように、モリブデン(Mo)を陰極に使ったX線管からX線を散乱体に照射し、散乱されて出てきたX線を分光、その波長を測定しました。ここで分光というのは、様々な波長の入り混じった光をプリズムのような道具を用いて、それぞれの波長成分に分けることです。コンプトンは散乱体として、石墨(グラファイト、炭素のことを指します)や銅、銀といった金属などを利用しました。その結果、次のようなことが判明します。

・二次X線の波長のズレは、散乱する角度に依存して、散乱体の物質が何であるかには関係ない

・散乱体の原子番号が大きくなると、波長の変化がなかった二次X線の強度は増し、波長が変化した二次X線についてはその強度が減少する。

コンプトンの実験から得られた結果を解釈すると?

image by iStockphoto

コンプトンの実験結果は、当時の物理学では説明することができません。当時の物理学に従うと、光(X線)は波として存在しているので、その波が電子にぶつかり、その結果振動する電子は同じ周波数を持った波を放射すると考えられます。そのため、別の周波数のX線は出てきません。

そこでコンプトンは、X線が「粒子」として電子に衝突するのではないか、と考えました。すると、X線の持つエネルギーの一部が電子に渡されることで、X線の周波数は変化することになります。実際に運動量保存の法則とエネルギー保存の法則を用いて計算を行うと、散乱前後での波長差は次のような式で表現されるのです。

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Δλ = (h/mc) (1 - cosθ) 

ここでθは散乱されたX線の角度、hはプランク定数、cは光速度、mは電子の質量を示します。

この数式が示すところは、波長の変化は散乱する物質には寄らず散乱角度にのみ依存している、ということです。これはまさしくコンプトンの実験によって得られた結果を表していますね。

コンプトン効果はどのような場合にも起こるわけではなく、波長の変化が起きないような場合もあります。これはトムソン散乱と呼ばれており、光の波長が十分に長い場合に起きる現象です。これは「波長が長い=エネルギーが小さい」ということであり、散乱の前後で光も電子もエネルギーがほとんど変化せず、観測される光はそのままの波長であるために起きます。

コンプトン効果の応用

コンプトン効果はあまり身近なものではありませんが、特に宇宙科学や放射線科学の分野で多く利用されている物理現象です。ここでは天文学への応用と放射線科学での利用法について紹介していきます。

宇宙からやってくる信号は「逆コンプトン効果」で強くなる

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逆コンプトン効果とは、コンプトン効果の衝突する側とされる側が逆転したもので、具体的には、高いエネルギーを持った電子が低いエネルギーの光子にぶつかり、その結果、電子の持っていたエネルギーが光子に渡り、高エネルギーの光となって散乱されていく現象です。

広い宇宙では、超新星爆発など様々な現象があちこちで起きているため、高エネルギーの電子が多く漂っています。すると、逆コンプトン効果がいたるところで生じ、星々から放出された弱い光が強められ、地球に届くほど大きなエネルギーを持つのです。

このような高エネルギーガンマ線やX線は、地球上に設置された望遠鏡によって観測されます。その発生源は超新星爆発の残骸などと考えられており、ガンマ線の成分を詳細に理解することが星の進化を知る手がかりとなっているのです。

放射線が見えるコンプトンカメラ

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コンプトンカメラというのはレンズのないカメラで、目に見えないガンマ線やX線の分布を可視化する特殊な装置です。もちろん、その名前の通り、コンプトン効果を応用した技術が使われています。

コンプトンカメラは、大きく分けて二つの部分から成り立っているのですが、まずカメラの手前部分にある「散乱部」について説明していきましょう。散乱部は、カメラに入ってきたガンマ線と衝突しコンプトン散乱を起こす部分です。ここには、ガンマ線のぶつかった場所とエネルギーが分かるようにセンサーが取り付けられています。

では、衝突して散乱されたガンマ線はどうなるのでしょうか。ガンマ線は散乱部の後段にある「吸収部」に飛んでいき、そこに用意されている物質に完全に吸収されます。すると、ここでもガンマ線の吸収された位置とエネルギーが分かるようになっており、散乱部での情報を組み合わせると、運動量保存の法則とエネルギー保存の法則からガンマ線の飛んできた方向を再構成することができるのです。

この技術は除染時の放射線モニターや建物の非破壊検査といったものに応用されており、あまり目にする機会はないかもしれませんが、将来、サーモグラフィーのように小型軽量化され、より身近なものになるかもしれません。

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光の粒子性が顕著に現れるコンプトン効果

コンプトン効果は光の粒子性を明確にした現象です。アインシュタインの光量子仮説によって、光が粒子としての性質も持ち合わせている、という考えが登場したものの、懐疑的な見方をする物理学者は存在していました。しかし、コンプトンによる実験結果がこの「光の粒子性」を確定的なものにし、量子力学では一般的な概念である「粒子・波の二重性」を支えることに繋がるのです。

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物理理科電磁気学・光学・天文学

光の粒子としての性質を明らかにした「コンプトン効果」について元理系大学教員がわかりやすく解説

今回はコンプトン効果について解説していきます。コンプトン効果は光やそのX線が何らかの物体によって散乱されると、その中に元の波長よりも長いものが混じる現象です。

今回はコンプトン効果に詳しいライター、ひいらぎさんと一緒に解説していきます。

ライター/eastflower

10年以上にわたり素粒子の世界に携わり続けている理系ライター。中でもニュートリノに強い興味を持っており、その不思議な性質を日夜追いかけている。今回は光が粒子性を示すために起きる現象、コンプトン効果についてまとめた。

コンプトン効果とは?

image by PIXTA / 4719628

コンプトン効果は、物質にX線を照射すると、散乱されたX線の中に入射したX線と同じ波長を持つものの他に、より長い波長のX線が含まれる現象のことです。この現象は1923年、アメリカの物理学者アーサー・コンプトンによってその原因が解明されました。その成果により、コンプトンはのちにノーベル物理学賞を受賞しています。

コンプトンが行なった実験

Compton ex1.jpg
By Ito Sho 1123投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, Link

X線の発見当時から、金属などの結晶にX線を当てると、出てきたX線の中に元の波長とは異なるものが混じる現象は知られていました。しかし、なぜそのようなことが起きるのか、当時の物理学の理論ではこれをうまく説明することができてませんでした。

そこでコンプトンは、色々な種類の結晶にX線を照射して、その結果として出てくるX線(二次X線と呼びます)の波長変化を詳しく調べていきました。

ちなみに、X線というのは波長が0.001~10nmの電磁波の一種です。電磁波にはその波長によってX線やガンマ線、紫外線、可視光、電波というように名前がついており、光をより一般化したものになります。

コンプトンは上の図に示したように、モリブデン(Mo)を陰極に使ったX線管からX線を散乱体に照射し、散乱されて出てきたX線を分光、その波長を測定しました。ここで分光というのは、様々な波長の入り混じった光をプリズムのような道具を用いて、それぞれの波長成分に分けることです。コンプトンは散乱体として、石墨(グラファイト、炭素のことを指します)や銅、銀といった金属などを利用しました。その結果、次のようなことが判明します。

・二次X線の波長のズレは、散乱する角度に依存して、散乱体の物質が何であるかには関係ない

・散乱体の原子番号が大きくなると、波長の変化がなかった二次X線の強度は増し、波長が変化した二次X線についてはその強度が減少する。

コンプトンの実験から得られた結果を解釈すると?

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コンプトンの実験結果は、当時の物理学では説明することができません。当時の物理学に従うと、光(X線)は波として存在しているので、その波が電子にぶつかり、その結果振動する電子は同じ周波数を持った波を放射すると考えられます。そのため、別の周波数のX線は出てきません。

そこでコンプトンは、X線が「粒子」として電子に衝突するのではないか、と考えました。すると、X線の持つエネルギーの一部が電子に渡されることで、X線の周波数は変化することになります。実際に運動量保存の法則とエネルギー保存の法則を用いて計算を行うと、散乱前後での波長差は次のような式で表現されるのです。

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