みんなは「ランゲルハンス島」という名前を聞いたことがあるでしょうか?この“島”があるのは、海の上ではなく「からだの中」です。今回は、生きていくために不可欠な役割を果たすこのランゲルハンス島について学んでいこう。

生き物のからだについて詳しい現役講師ライターのオノヅカユウと一緒に解説していきます。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

ランゲルハンス島とは?

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『ランゲルハンス島』。高校で学ぶ生物学の中でも、一二を争う印象深いキーワードではないでしょうか?英語では「islets of Langerhans」といい、こちらも直訳すれば「ランゲルハンスの小さな島」という意味です。ランゲルハンス島について知る前に、まずはこの島がある膵臓という臓器について確認しておきましょう。

目立たないけど重要な臓器・膵臓

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By Takuma-sa - file from wikimedia commons, パブリック・ドメイン, Link

普段、健康的な生活をしている人にとって、膵臓は意識されにくい臓器です。心臓や肺、胃腸と比べてやや影が薄く、「何のためにあるのかわからない…」という人もいるでしょう。膵臓は胃のすぐ下に横たわる、もこもことした姿の臓器です。大きさは成人で長さ15㎝ほど。胃から小腸へ消化したものを送る「十二指腸」と、膵管という管によってつながっています。

膵臓の役割は大きく分けて2つ。1つが膵液という消化液をつくり十二指腸へ分泌する、外分泌腺としての役割。膵液は、胃から送られてきた食べ物を小腸以降でさらに消化するために役立つ消化液です。

そしてもう1つが、ホルモンをつくって分泌するという内分泌腺としての役割。ランゲルハンス島は、こちらの機能に関与しています。

外分泌組織の海に浮かぶ、ホルモンの島

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By Henry Vandyke Carter - Henry Gray (1918年) Anatomy of the Human Body (See "ブック" section below) Bartleby.com: Gray's Anatomy, Plate 1105, パブリック・ドメイン, Link

膵臓でホルモンをつくることができるのは、膵臓内に点々と散らばる細胞の集団です。膵臓の体積のほとんどは外分泌のための組織に占められており、内分泌腺としてはたらくこの細胞集団は全体のわずか10%にも満たないともいわれています。異なる役割をもった細胞に囲まれる様子が、まるで海に浮かぶ孤島のように見えることから「ランゲルハンス島」という名前がつけられました。「膵島(すいとう)」とよばれることもありますが、「ランゲルハンス島」という名のほうがインパクトがありますよね。

発見者は、この“島”の名前として名を残すことになったパウル・ランゲルハンスです。

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パブリック・ドメイン, Link

ドイツで生まれ育ったランゲルハンスが、膵臓中に散らばるこの謎の細胞群を見つけたのは1869年。染色すると外分泌腺の細胞とは違う染まり方をすることから、外分泌腺とは異なる役割をもつ別の細胞なのではないかと気づきました。その読みは正しく、ランゲルハンス島は生命維持に必要不可なホルモンを合成・分泌する、内分泌系の細胞群だったのです。

\次のページで「ランゲルハンス島を構成する細胞たち」を解説!/

ランゲルハンス島を構成する細胞たち

ランゲルハンス島を構成する細胞は、1種類ではありません。なんと5種類もの内分泌細胞が集まって、小さなこの島を構成しています。5種類の細胞はそれぞれに名前があり、内分泌する物質もそれぞれです。

α細胞(A細胞)

グルカゴンというホルモンを分泌します。グルカゴンは血糖値の下がる空腹時に分泌されるホルモン。肝臓にはたらきかけて、血糖値の上昇を促します。肝臓には、普段の食事で摂りすぎた糖(グルコース)がグリコーゲンという形で貯蔵されているんです。グルカゴンは、肝臓でのグリコーゲンの分解を促し、グルコースを生み出すことで血糖値を上げます。逆に、食後など血糖値が十分に高い状態では分泌が抑えられているホルモンです。

糖尿病などでひどい低血糖状態になってしまった人にグルカゴンを注射すると、血糖値が回復します。

β細胞(B細胞)

インスリンというホルモンを分泌する、ランゲルハンス島の中でもとくに重要な細胞です。食事をすると、摂取した糖分により血糖値が急上昇します。そんな時に分泌されるのがインスリン。インスリンが分泌されると、血液中のグルコースが細胞に取り込まれ、血糖値が下がるのです。

私たちのからだの機能を調節するホルモンのうち、「血糖値を上げる作用をもつホルモン」はいくつか挙げられますが、「血糖値を下げる作用をもつホルモン」は、インスリンがほぼ唯一のホルモンといわれています。インスリンの分泌に異常が現れ、血糖値が高い状態が続く病気が、日本国内だけでも数百万人が苦しんでいる糖尿病です。

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インスリンの分泌が原因で起こる糖尿病には、一型と二型があります。糖尿病患者の大多数は、長年の高カロリー摂取などにより、インスリンの分泌量が低下したり、インスリンを受け取る細胞のはたらきが鈍くなってしまうことで生じる二型。一型は、ウイルスの感染や免疫疾患によりランゲルハンス島β細胞に障害が起き、インスリンの分泌そのものが困難になってしまうためにおこります。

ランゲルハンス島は一度損傷すると回復が難しい細胞です。そのため、β細胞が壊れてしまっている一型糖尿病の治療は困難を極めます。一方、二型糖尿病は摂取カロリー制限や日頃の運動によって、ある程度防ぐことができる病気。生活習慣が乱れがちの方は、ぜひ一度見直してみてください。いずれの糖尿病も症状が重くなると、毎食後にインスリンを注射しなくてはならなくなります。

δ細胞(D細胞)

ソマトスタチンというホルモンを分泌します。ソマトスタチンは、「他のホルモンの分泌を抑える」はたらきをするホルモンです。同じ膵臓では、ランゲルハンス島から分泌されるインスリンやグルカゴンの分泌を抑制します。

このソマトスタチンは、膵臓だけでなく、脳や胃(幽門部)、十二指腸からも分泌され、それぞれの場所で別のホルモンや分泌液を制御しているんです。

\次のページで「ε細胞」を解説!/

ε細胞

グレリンというホルモンを分泌するといわれています。グレリンは1999年に見つかった、比較的新顔のホルモン。分泌されると食欲を増進させる効果があることがわかっています。グレリンは主に胃でつくられますが、ランゲルハンス島にごくわずか(1%未満)存在するこのε細胞からも分泌されていると報告されているんです。

PP細胞(F細胞)

膵ポリペプチドとよばれる物質を分泌します。36個のアミノ酸がつながってできていることはわかっていますが、はたらきとしては「食欲の抑制」などに関わっている可能性が挙げられている程度で、まだ謎の多い存在です。

小さな“島”の大きな役割

ご覧いただいたように、ランゲルハンス島はわずかに膵臓中に存在する細胞群にもかかわらず、複数のホルモンを分泌するとても重要な内分泌細胞です。なかでも、β細胞の分泌するインスリンは、他のホルモンで代用することのできない唯一無二の物質。ランゲルハンス島や膵臓の機能を健やかに保つことは、私たちの健康に直結するのです。

" /> ホルモンの島?「膵臓」の「ランゲルハンス島」とは?現役講師が簡単わかりやすく解説! – Study-Z
タンパク質と生物体の機能理科生物

ホルモンの島?「膵臓」の「ランゲルハンス島」とは?現役講師が簡単わかりやすく解説!

みんなは「ランゲルハンス島」という名前を聞いたことがあるでしょうか?この“島”があるのは、海の上ではなく「からだの中」です。今回は、生きていくために不可欠な役割を果たすこのランゲルハンス島について学んでいこう。

生き物のからだについて詳しい現役講師ライターのオノヅカユウと一緒に解説していきます。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

ランゲルハンス島とは?

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『ランゲルハンス島』。高校で学ぶ生物学の中でも、一二を争う印象深いキーワードではないでしょうか?英語では「islets of Langerhans」といい、こちらも直訳すれば「ランゲルハンスの小さな島」という意味です。ランゲルハンス島について知る前に、まずはこの島がある膵臓という臓器について確認しておきましょう。

目立たないけど重要な臓器・膵臓

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By Takuma-sa – file from wikimedia commons, パブリック・ドメイン, Link

普段、健康的な生活をしている人にとって、膵臓は意識されにくい臓器です。心臓や肺、胃腸と比べてやや影が薄く、「何のためにあるのかわからない…」という人もいるでしょう。膵臓は胃のすぐ下に横たわる、もこもことした姿の臓器です。大きさは成人で長さ15㎝ほど。胃から小腸へ消化したものを送る「十二指腸」と、膵管という管によってつながっています。

膵臓の役割は大きく分けて2つ。1つが膵液という消化液をつくり十二指腸へ分泌する、外分泌腺としての役割。膵液は、胃から送られてきた食べ物を小腸以降でさらに消化するために役立つ消化液です。

そしてもう1つが、ホルモンをつくって分泌するという内分泌腺としての役割。ランゲルハンス島は、こちらの機能に関与しています。

外分泌組織の海に浮かぶ、ホルモンの島

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By Henry Vandyke CarterHenry Gray (1918年) Anatomy of the Human Body (See “ブック” section below) Bartleby.com: Gray’s Anatomy, Plate 1105, パブリック・ドメイン, Link

膵臓でホルモンをつくることができるのは、膵臓内に点々と散らばる細胞の集団です。膵臓の体積のほとんどは外分泌のための組織に占められており、内分泌腺としてはたらくこの細胞集団は全体のわずか10%にも満たないともいわれています。異なる役割をもった細胞に囲まれる様子が、まるで海に浮かぶ孤島のように見えることから「ランゲルハンス島」という名前がつけられました。「膵島(すいとう)」とよばれることもありますが、「ランゲルハンス島」という名のほうがインパクトがありますよね。

発見者は、この“島”の名前として名を残すことになったパウル・ランゲルハンスです。

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ドイツで生まれ育ったランゲルハンスが、膵臓中に散らばるこの謎の細胞群を見つけたのは1869年。染色すると外分泌腺の細胞とは違う染まり方をすることから、外分泌腺とは異なる役割をもつ別の細胞なのではないかと気づきました。その読みは正しく、ランゲルハンス島は生命維持に必要不可なホルモンを合成・分泌する、内分泌系の細胞群だったのです。

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