人間の体を維持する「恒常性」について学ぶと、多くの化合物が体内環境の維持に役立っていることがわかる。数多くの化合物名が現れるため、「名前は聞いたことがあるけどはたらきはよくわからない」というものもあるんじゃないか?今回は「アセチルコリン」について学びなおそう。

生き物のからだに詳しい現役講師兼ライターのオノヅカユウを招いたぞ。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

アセチルコリンとは?

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アセチルコリンは私たちの体内で、主に神経細胞間の情報伝達を担う『神経伝達物質』としての役割を果たしています。副交感神経の神経伝達物質としてのはたらきが良く知られていますが、運動神経と筋肉の接合部分(神経金接合部)や、交感神経の一部でも、神経伝達物質としてはたらいているんです。

 

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By Harbin - 投稿者自身による作品, パブリック・ドメイン, Link

分泌されたアセチルコリンを、その受容体が受け取ると、受容体のある組織ではさまざまな変化が生じます。

たとえば、副交感神経である「迷走神経」から分泌されたアセチルコリンを、心臓にある受容体が受け取るとどうなるでしょう?心臓の動きが抑制され、血圧が低下。内臓を動かす平滑筋は収縮し、胃腸が良く動くようになります。副交感神経が刺激され、「リラックスしている状態」の時には、このようにアセチルコリンが作用しているんです。

アセチルコリンができるまで

アセチルコリンの材料となるのは、「コリン」と「アセチルCoA」という物質です。

「コリン」は食品から摂取できる栄養素の一つ。水溶性で、ビタミンのようにはたらくことから「ビタミン様物質」と紹介されることもあります。アセチルコリンの合成に使われるだけでなく、代謝や細胞膜の生成など生命活動に重要な役割を果たすとされ、アメリカでは必須栄養素として推奨摂取量が設定されているほどです。レバーや卵(卵黄)などに多く含まれているといいます。

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「アセチルCoA」は、体内に摂取したグルコースからエネルギーを取り出す『細胞呼吸』の過程などで生じます。こちらも代謝に深く関与する物質ですが、アセチルCoAはアセチルコリン以外にも、中性脂肪(脂肪酸)の材料になってしまうんです。メタボリック症候群を心配する人にとっては、あまり過剰になってほしくない物質ですね。

この、「コリン」と「アセチルCoA」がコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)という酵素によって結びつけられたものがアセチルコリン。作りすぎたアセチルコリンは、べつのアセチルコリンエステラーゼ(AChE)によって分解され、コリンと酢酸になります。

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あの「サリン」はアセチルコリンと深く関係している

1993年に一躍有名になった毒物「サリン」。多くの犠牲者を出した地下鉄サリン事件や松本サリン事件に使われ、世間を騒がせたこの物質について聞いたことがある人もいるでしょう。実は、サリンが人のからだに害を及ぼすメカニズムに関係するのが、今回ご紹介しているアセチルコリンなんです。

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サリンはヒトの体内に取り込まれると、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)をはたらかなくさせる作用があります。

前述の通り、AChEは余ったアセチルコリンを分解してくれる酵素。体の中ではつくりすぎたアセチルコリンを分解できなくなり、アセチルコリンが過剰な状態になります。すると、自律神経や運動神経は一向に減らないアセチルコリンによって「刺激されっぱなし」に。その結果もたらされるのが、筋肉のまひや下痢、吐き気、嘔吐、けいれんなどの症状なのです。

有名な『レーウィの実験』

アセチルコリンは、体内ではたらく神経伝達物質のなかでも、かなり早い段階で見つかった物質です。その名前をなにより有名にしたのは、1921年に行われたドイツのオットー・レーウィによる実験でしょう。

謎だらけだった「神経細胞からの情報伝達システム」

私たちの手足を動かし、内臓をコントロールする神経。動物のからだを解剖すれば細い糸のような姿が見られる神経細胞は、古くからその存在が知られていました。

時代が進むにつれ、電気刺激によって興奮が伝わることや、神経にも種類があること(自律神経、運動神経など)などが判明していきます。しかしながら、「神経細胞と神経細胞の間」や、「神経細胞から筋肉の間」で、どのように興奮を伝達しているのかがわかりません。1920年ころまでそのメカニズムは明確になっていませんでした。

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神経細胞と、その神経細胞から情報を受け取る隣の細胞の間にある『シナプス』とよばれる隙間でいったい何が起きているのか?研究者たちは2つの説で意見を対立させました。

一つが「シナプスでは電気信号によって隣の細胞に情報伝達をしている」とする説、もう一方は「神経細胞から何らかの化学物質が分泌され、隣の細胞がそれを受け取ることで情報伝達をしている」という説です。

ひとつの神経細胞内での興奮伝達が電気信号によるものであったことから、シナプスでの情報伝達も電気によるものであろう、と考える人は少なくありませんでした。そんな中、レーウィは「夢の中で思いついた」というユニークな実験によって、この問題に決着をつけます。

\次のページで「シナプス間の情報伝達には「化学物質」が使われている!」を解説!/

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By Albert Hilscher - https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/1936/loewi/facts/, パブリック・ドメイン, Link

レーウィは、カエルから取り出したばかりの2つの心臓を使った実験を行いました。心臓のうちの一方は迷走神経がつながったままの状態で、もう一方は心臓のみを摘出します。これを速やかに体液に近い水溶液(リンガー液)に浸し、しばらくは動き続ける2つの心臓を用意したのです。

迷走神経のつながった心臓の、迷走神経に電気刺激をあたえると、心臓の拍動はゆっくりになります。この、拍動が低下した心臓の中を通過したリンガー液を、迷走神経のつながっていない心臓に流すと、不思議なことに、こちらの心臓の拍動も低下しました。

シナプス間の情報伝達には「化学物質」が使われている!

この実験から、迷走神経から“なんらかの水に溶けやすい化学物質”が放出され、心筋の収縮をコントロールしていることが示唆されたのです。この場合は神経細胞から筋組織への情報伝達ですが、神経細胞間でも同様の情報伝達が行われている可能性は十分に考えられました。

この“なんらかの水に溶けやすい化学物質”がアセチルコリンであるということがわかったのは後になってから。一部の神経では電気信号が情報伝達に使われている(電気シナプス)こともわかりましたが、脊椎動物の神経細胞は基本的に神経伝達物質を使って情報伝達をしています。

そんな重要なメカニズムを解明する、歴史的な実験の一役を担ったという意味でも、アセチルコリンは神経伝達物質の代表的な存在といえるでしょう。

アセチルコリンは神経伝達物質の代表的存在

神経からの情報伝達を担う「神経伝達物質」。その中でも、特に歴史が深く、副交感神経など重要な神経系で利用されているのが、今回ご紹介したアセチルコリンです。アセチルコリンに関する実験などにも注目して覚えましょう。

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理科環境と生物の反応生物

3分で簡単神経伝達物質「アセチルコリン」!体内での作用やレーウィの実験も現役講師がわかりやすく解説

人間の体を維持する「恒常性」について学ぶと、多くの化合物が体内環境の維持に役立っていることがわかる。数多くの化合物名が現れるため、「名前は聞いたことがあるけどはたらきはよくわからない」というものもあるんじゃないか?今回は「アセチルコリン」について学びなおそう。

生き物のからだに詳しい現役講師兼ライターのオノヅカユウを招いたぞ。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

アセチルコリンとは?

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アセチルコリンは私たちの体内で、主に神経細胞間の情報伝達を担う『神経伝達物質』としての役割を果たしています。副交感神経の神経伝達物質としてのはたらきが良く知られていますが、運動神経と筋肉の接合部分(神経金接合部)や、交感神経の一部でも、神経伝達物質としてはたらいているんです。

 

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分泌されたアセチルコリンを、その受容体が受け取ると、受容体のある組織ではさまざまな変化が生じます。

たとえば、副交感神経である「迷走神経」から分泌されたアセチルコリンを、心臓にある受容体が受け取るとどうなるでしょう?心臓の動きが抑制され、血圧が低下。内臓を動かす平滑筋は収縮し、胃腸が良く動くようになります。副交感神経が刺激され、「リラックスしている状態」の時には、このようにアセチルコリンが作用しているんです。

アセチルコリンができるまで

アセチルコリンの材料となるのは、「コリン」と「アセチルCoA」という物質です。

「コリン」は食品から摂取できる栄養素の一つ。水溶性で、ビタミンのようにはたらくことから「ビタミン様物質」と紹介されることもあります。アセチルコリンの合成に使われるだけでなく、代謝や細胞膜の生成など生命活動に重要な役割を果たすとされ、アメリカでは必須栄養素として推奨摂取量が設定されているほどです。レバーや卵(卵黄)などに多く含まれているといいます。

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「アセチルCoA」は、体内に摂取したグルコースからエネルギーを取り出す『細胞呼吸』の過程などで生じます。こちらも代謝に深く関与する物質ですが、アセチルCoAはアセチルコリン以外にも、中性脂肪(脂肪酸)の材料になってしまうんです。メタボリック症候群を心配する人にとっては、あまり過剰になってほしくない物質ですね。

この、「コリン」と「アセチルCoA」がコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)という酵素によって結びつけられたものがアセチルコリン。作りすぎたアセチルコリンは、べつのアセチルコリンエステラーゼ(AChE)によって分解され、コリンと酢酸になります。

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