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「女真族」を歴史オタクが5分で解説!由来と前史をまとめてみる

よぉ、桜木建二だ。東アジアの民族のうち、過去に自らの領域・国家・文化圏を持っていて歴史に大きな影響を与えたものの、今は消えつつある民族がいる。それが女真族だ。

今回は女真族の由来と前史について、歴史オタクなライターkeiと一緒に見ていくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

kei

ライター/kei

10歳で歴史の面白さに目覚めて以来、高校は文系、大学受験では歴史を選択し、大人になっても暇があれば歴史ネタを調べ歴史ゲームにのめり込む軽度の歴史オタク。洋の東西問わず、中でも中国史と日本史が好き。今回は東アジア史に大きな影響を与えた女真族の由来と前史をわかりやすくまとめた。

女真族とはどんな人々?

image by iStockphoto

女真族は、現在の中華人民共和国、東北三省(遼寧省・吉林省・黒竜江省)と言われる地・満州に居住していた北方ツングース系の狩猟民族です。

女真族=満州族

女真は「ジュルチン」と発言するのですが、ジュルチンは女真族の言葉で「人々」を意味するものであり、10世紀頃、漢民族により漢字を当てて「女真」と呼ばれました。17世紀頃、女真族の当時の指導者により蔑称・良くない意味を持つ女真から満州(マンジュ)へ民族名を変え、現在は満州族と呼ばれています。満州族は現在、中華人民共和国の中の少数民族の一つとされていますね。

消えつつある民族集団

少数民族ということは、人口は少ないのでしょうか。いいえ。そんなことは無く、なんと日本の総人口のおよそ10分の1、1000万人を超えています。それでも、中華人民共和国全体で10億人を超えると言われる総人口からすると、1%程度の割合にしか過ぎません

また、女真族の後身である満州族は現在、自らの国や自治政府を持っていません。戸籍で満州族であることは分かるようになっているものの、文化的に漢民族に同化して消えつつある民族と言われています。なぜ同化していくようなことになったのでしょうか。

広大な中国・東北平原の先住民

北をアムール川、南を黄海、東を長白山脈、西を大興安嶺、に囲まれた東北平原は、中華人民共和国における三大平原の一つとして、今では同国における一大穀倉地域になっています。この東北平原が、狩猟民族である女真族の根拠地であり、歴史の舞台でした。
女真族は、この東北平原に住まう狩猟民族を呼ぶ際に使われた、一時期の名称に過ぎません。大まかには以下のような変遷を辿っています。

挹婁(ゆうろう) 1世紀から4世紀頃までの呼称 日本では古墳時代

靺鞨(まつかつ) 5世紀から10世紀頃までの呼称 日本では飛鳥時代から平安時代

女真(じゅるちん)11世紀から17世紀頃までの呼称 日本では鎌倉時代から戦国時代

満州(まんじゅ) 17世紀以降の呼称 日本では江戸時代以降

Map of The east barbarian 2.png
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今回は、女真族の前史から、女真族の最初の黄金期となる12世紀の金王朝成立の時代までをみていきましょう。

辺境の狩猟民族

10世紀以前の女真族は、挹婁・靺鞨と呼ばれます。この時代、彼らは独自の国を持たない辺境の一狩猟民族でした。

東夷の中でもとても変わっていた習俗

image by PIXTA / 43873973

時代により呼び方が違っていますが、挹婁と靺鞨はともに同じ民族で、史書に伝えられる文化・習俗はおよそ共通していました。大まかには以下の通りです。

豚を家畜・主食にしていて、獣の皮を服としている。
・髪を編んでいる(辮髪)。
・強力な毒矢の技術を持っている。
・貂を狩り、その毛皮を中国へ交易品として輸出した。
・人の尿を貯めて、顔や手を洗った。
・防寒のためか、地中に竪穴を掘って、そこに住む。
・統一的な政治指導者はおらず、部族ごとに分かれて暮らしていた。指導者は互選ではなく血縁で決まる。

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