今回は二重スリット実験について解説していきます。二重スリット実験は電子などの粒子が粒子性と波動性を持ち合わすことを示す量子力学の実験です。

今回は二重スリット実験に詳しいライター、ひいらぎさんと一緒に解説していきます。

ライター/eastflower

10年以上にわたり素粒子の世界に携わり続けている理系ライター。中でもニュートリノに強い興味を持っており、その不思議な性質を日夜追いかけている。今回は量子力学の特異性を観測できる二重スリット実験についてまとめた。

二重スリット実験とはどのようなもの?

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二重スリット実験は、原子や電子といった量子力学で扱うような粒子には、粒子としての性質と波としての性質の両方が備わっていることを直接示すものです。元々は光の性質を調べたヤングの実験を、電子のような素粒子で試すとどうなるか、という思考実験でした。ところが、実験技術が進歩していくのにしたがって、電子だけではなく様々な粒子や手法で実際に実験が行われるようになりました。

ヤングの実験

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まずは二重スリット実験の元になった、ヤングの実験について紹介していきますね。先ほども言いましたが、ヤングの実験というのは、光の性質を調べるための実験です。中でも、波であること(波動性と呼びます)を検証するために行われました。

まず光がどこに当たったのかを知るために、衝立を用意します。その手前に細長いスリットが二本開いたものを置き、そこに光源から光を当てたとしましょう。光は手前側に置いたスリットを通過して奥にある衝立に当たるのですが、この時、二つのスリットからきた光が干渉しあって、衝立には縞模様が現れるのです。これは干渉縞と呼ばれます。

波を山と谷を持つうねりとして表現すると、二つの波が重なり合う時、山と山が重なるとより高い山に、谷と谷の場合はより深い谷になりますね。また山と谷が重なる部分では互いに打ち消しあい、波が消えてしまいます。このような重なり合いを干渉と呼び、波が持つ特徴的な性質です。

光はこの干渉により衝立に縞を作るため、波動性を持つ、ということになります。

電子でヤングの実験をやってみると?

Double-slit.svg
By 原画(原紙)(原文): コンピュータが読み取れる情報は提供されていませんが、NekoJaNekoJaだと推定されます(著作権の主張に基づく) Vector: Johannes Kalliauer - File:Double-slit.PNG, CC 表示-継承 4.0, Link

ではこのヤングの実験を電子で試してみたら、どうなるでしょうか。これはアメリカの物理学者リチャード・P・ファインマンによって考え出された思考実験です。

図のように二重スリットと電子がどこに当たったか観測するための特殊なフィルムの貼られたスクリーンを用意しましょう。電子は粒子なので、どちらかのスリットを通過してスクリーンにぶつかり、電子の跡を一つだけ作るはずです。実際に光電効果やコンプトン散乱といった実験で、電子が粒子であることは確認されています。ですので、これを繰り返していくと、スクリーンにはスリットと同じように二つの模様ができると予想できますね。

ところが、実験を行ってみると、スクリーンには光の時と同じように濃淡が交互に現れる干渉縞が観測されるのです。

ちなみにスリットが一つの場合には干渉縞は生じず、スクリーンには粒子が当たった分だけの模様が一つできます。

電子は粒子?それとも波?

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別の実験の結果からは、電子が粒子であることは間違いないと考えられます。しかし二重スリット実験では、粒子が波である結果を出しており、同じものが全く別の性質を示してしまいました。これはどのように解釈していけばいいのでしょうか。

\次のページで「得られた結果の解釈」を解説!/

得られた結果の解釈

光の干渉縞ができるのは、一つの光源から出た光が同時に二つのスリットを通過するためでした。それを元に考えると、電子の場合も同じように「一つの電子が同時に二つのスリットを通過した」となります。さらに、スクリーンに当たった電子は粒子のような粒の痕跡を残すため、やはり粒子性も消えていません。ですので、これら二つを同時に満たす解釈は次のようになります。

「電子は粒子であり、また同時に波でもある」

これは、電子がスリットを通りスクリーンに達するまでは波として伝播していて、スクリーンで観測されるときには粒子として存在している、という考え方です。しかし、もちろんですが、この解釈は私たちの実生活における感覚と大きく食い違っています。

電子はどちらのスリットを通過したのか

電子が粒子性を持っていることは間違い無いので、同時に通過するのであればその瞬間を捉えながら実験すればいい、と考えるかもしれません。この手法なら、電子がどちらのスリット(もしくは両方)を通過したかがわかるので、粒子性と波動性を併せ持つという解釈について検証できると思われます。

しかし、実際にこのやり方を試してみると、電子がどちらのスリットを通り抜けたかを知る代わりに、スクリーンからは干渉縞が消えてしまうのです。

なぜこのようなこと起きてしまうのか。これは量子力学の中でも重要な原理、不確定性原理によります。これは1927年、ハイゼンベルクによって提唱された、次のような有名な原理です。

電子など素粒子の位置と運動量の曖昧さをそれぞれΔx、Δpとすると、以下の式が成り立つ。

Δx・Δp~h

ここでhはプランク定数(6.63x10^-34 m^2•kg/sec)を表す。

この原理は、電子などの位置を正確に調べようとすると運動量の曖昧さ(不確定性)が大きくなり、逆に運動量を正しく測定しようとすると位置の不確定性が大きくなってしまうことを示しています。つまり、電子などの素粒子では、その位置と運動量の両方を同時に正確に計測することができない、ということです。

例えば、光を使って真空中の電子の位置と運動量を測定する実験を考えてみましょう。検出器は完璧で正確な測定が可能なもの、光の波長は好きなだけ変えられるようにできているとします。まず電子の位置を正確に測ってみましょう。その場合、光はできるだけ短い波長にした方が電子の位置を詳しく知ることができます。ところが、波長の短い光は、波長をλとしてh/λのエネルギーを持っており、これが衝突した電子に渡されると、電子の運動が変化してしまうのです。そのため、電子の位置を正確に測定できても運動量については曖昧になってしまいます。では、電子の運動を妨害しないよう光の波長を長くしたとしましょう。今度は電子の位置について曖昧さが増えてしまい、まさしく不確定性原理の言っている現象が起きてしまいました。

量子力学の真髄

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二重スリット実験は、電子などの素粒子が持っている二重性(粒子性と波動性)とハイゼンベルクの不確定性原理からくる観測問題を同時に見ることができる、非常に優れた実験です。どちらの概念も量子力学の根幹をなすものであるため、この実験を理解することで素粒子の世界をより深く知ることができるでしょう。

ちなみに、この粒子と波動の二重性は電子のような素粒子だけではなく、光や分子といったものも持っており、同じように二重スリット実験で干渉縞を作ることが知られています。

量子力学の基本を知ることができる「二重スリット実験」

二重スリット実験は量子力学の奇怪な性質を垣間見ることができる、ユニークな実験です。物理学の不思議さを見ることができるため、「世界で最も美しい実験」とも呼ばれています。近年もその技術の向上によって、どちらのスリットを電子が通ったのか観測する手法が開発されるなど、量子力学の根幹に迫る実験として実施されており、今後の研究で粒子がまた違った姿を私たちに見せてくれるかもしれません。

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物理理科量子力学・原子物理学

量子力学の世界を覗くことができる「二重スリット実験」を元理系大学教員がわかりやすく解説

今回は二重スリット実験について解説していきます。二重スリット実験は電子などの粒子が粒子性と波動性を持ち合わすことを示す量子力学の実験です。

今回は二重スリット実験に詳しいライター、ひいらぎさんと一緒に解説していきます。

ライター/eastflower

10年以上にわたり素粒子の世界に携わり続けている理系ライター。中でもニュートリノに強い興味を持っており、その不思議な性質を日夜追いかけている。今回は量子力学の特異性を観測できる二重スリット実験についてまとめた。

二重スリット実験とはどのようなもの?

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二重スリット実験は、原子や電子といった量子力学で扱うような粒子には、粒子としての性質と波としての性質の両方が備わっていることを直接示すものです。元々は光の性質を調べたヤングの実験を、電子のような素粒子で試すとどうなるか、という思考実験でした。ところが、実験技術が進歩していくのにしたがって、電子だけではなく様々な粒子や手法で実際に実験が行われるようになりました。

ヤングの実験

image by iStockphoto

まずは二重スリット実験の元になった、ヤングの実験について紹介していきますね。先ほども言いましたが、ヤングの実験というのは、光の性質を調べるための実験です。中でも、波であること(波動性と呼びます)を検証するために行われました。

まず光がどこに当たったのかを知るために、衝立を用意します。その手前に細長いスリットが二本開いたものを置き、そこに光源から光を当てたとしましょう。光は手前側に置いたスリットを通過して奥にある衝立に当たるのですが、この時、二つのスリットからきた光が干渉しあって、衝立には縞模様が現れるのです。これは干渉縞と呼ばれます。

波を山と谷を持つうねりとして表現すると、二つの波が重なり合う時、山と山が重なるとより高い山に、谷と谷の場合はより深い谷になりますね。また山と谷が重なる部分では互いに打ち消しあい、波が消えてしまいます。このような重なり合いを干渉と呼び、波が持つ特徴的な性質です。

光はこの干渉により衝立に縞を作るため、波動性を持つ、ということになります。

電子でヤングの実験をやってみると?

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By 原画(原紙)(原文): コンピュータが読み取れる情報は提供されていませんが、NekoJaNekoJaだと推定されます(著作権の主張に基づく) Vector: Johannes KalliauerFile:Double-slit.PNG, CC 表示-継承 4.0, Link

ではこのヤングの実験を電子で試してみたら、どうなるでしょうか。これはアメリカの物理学者リチャード・P・ファインマンによって考え出された思考実験です。

図のように二重スリットと電子がどこに当たったか観測するための特殊なフィルムの貼られたスクリーンを用意しましょう。電子は粒子なので、どちらかのスリットを通過してスクリーンにぶつかり、電子の跡を一つだけ作るはずです。実際に光電効果やコンプトン散乱といった実験で、電子が粒子であることは確認されています。ですので、これを繰り返していくと、スクリーンにはスリットと同じように二つの模様ができると予想できますね。

ところが、実験を行ってみると、スクリーンには光の時と同じように濃淡が交互に現れる干渉縞が観測されるのです。

ちなみにスリットが一つの場合には干渉縞は生じず、スクリーンには粒子が当たった分だけの模様が一つできます。

電子は粒子?それとも波?

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別の実験の結果からは、電子が粒子であることは間違いないと考えられます。しかし二重スリット実験では、粒子が波である結果を出しており、同じものが全く別の性質を示してしまいました。これはどのように解釈していけばいいのでしょうか。

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