日本史歴史鎌倉時代

3分で簡単「鎌倉新仏教」!各特徴を歴史マニアがわかりやすく解説

臨済宗はソモサンセッパで考える

臨済宗の開祖・栄西(えいさい)は宋で禅を学び、臨済禅を日本に持ち帰りました。このとき、お茶の種を持ち帰り、お茶は健康に良いと広めたのも栄西です。

ところで、「禅を組む」と一口に言っても、「禅を組んで何をするか」は宗派によって違います。臨済宗では座禅を組みながら師匠の与える問題に弟子が答えていき、問答をしていくうちにやがて弟子は悟りへ至るのです。この対話形式の禅を「看話禅」と呼びます。

アニメ「一休さん」の元となった一休宗純は室町時代の臨済宗の僧侶でした。アニメで一休さんは和尚に問題を出されるとき、和尚は「ソモサン」と言い一休さんが「セッパ」と返しますよね。ともに宋の俗語で、「ソモサン(什麼生)」は「さあどうだ、答えてみろ」。「セッパ(説破)」は「答えてやる」。これで一休さんはとんちの利いた答えを導き出すのですが、このような問答こそが臨済宗の座禅なのです。

厳しいスタイルが武士たちと結びつく

九州で臨済宗の布教に努めていた栄西は1194年の夏、関白・九条兼実に呼び出され京の都に赴いたことがあります。浄土宗の時と同じように延暦寺からの訴えで、朝廷は栄西に布教をやめさせようとしていたのです。ところが、栄西は法然と違い、臨済宗は従来の仏教に背くものではなく、天皇を上にして禅を以て国を護ると答えました。そうして、栄西は臨済宗が都で受け入れられないことを察すると、鎌倉の将軍・源頼家に禅を説いて幕府からの庇護を得たのです。

手足を失った達磨大師や、入門時に覚悟の表れとして左腕を切り落とした弟子の慧可(えか)など、禅宗にはかなり刺激の強い話が残されています。しかし、このストイックさが当時の厳しい武士社会に受け入れられ、武士たちは座禅を大切にするようになりました。

粛々と座禅を組む曹洞宗

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日本における曹洞宗の開祖・道元は、もともとは臨済宗の僧でした。しかし、彼は師匠と共に宋へ渡り、曹洞宗の天道如浄の許で真理を悟ると、帰国後に日本で曹洞宗を開きます。そして、道元は自分の曹洞宗こそが唯一正しい教えなのだと排他的な考えを示しました。 

また、座禅を組むところは臨済宗と同じように思えますが、そこからは真反対の方法で悟りを目指します。臨済宗の看話禅に対し、曹洞宗はただ黙々と座すことで、人間にもともと備わっている悟りを得る力「仏性」が現れるというのです。黙して座禅を組むので「黙照禅」と呼ばれます。

鎌倉幕府の上級武士たちに指示された臨済宗に対し、曹洞宗は地方の武家や豪族、一般市民に広がりました。

目指すところは「悟り」だけど……

浄土教から生まれた浄土宗、浄土真宗、時宗は阿弥陀如来の力で西方極楽浄土へ生まれ変わって仏になります。誰でも念仏を唱えれば往生できる、というところが特徴ですね。日蓮宗はちょっと独特で、お題目を唱えます。禅宗系統の臨済宗と曹洞宗は座禅を組みますが、師匠と弟子が対話する臨済宗と、黙々とひとり座す曹洞宗。

まとめてみると、同じ系譜にあっても心の在り方、方法などがまったく違いますね。それまで政治の中心であった朝廷と対峙する鎌倉幕府の宗教の変革でもありました。

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