日本史歴史鎌倉時代

3分で簡単「鎌倉新仏教」!各特徴を歴史マニアがわかりやすく解説

独創的な日蓮宗

法華宗は、かつて最澄が日本に伝来した「天台法華宗」と、日蓮上人を開祖とする「日蓮法華宗」のふたつが存在します。前者は平安二宗、後者が今回解説する鎌倉新仏教です。

お題目を唱えて即身成仏

「諸経の王」と呼ばれる「法華経」。日蓮宗では、お釈迦様に心から帰依して「南無妙法蓮華経」と題目を唱えることで、今世で悟りを開いて仏になれるとされています。

ここでひとつワンポイントなのが、浄土宗系の「念仏」と法華宗系の「題目」は別物ということ。簡単に区別すると「念仏」は仏の名前を、「題目」は経典「法華経」の名称を唱えています。「南無~」は「~に帰依(信仰)しています」という意味なので、「~」の部分が「阿弥陀仏」か「妙法蓮華経」かで大きな違いになってくるんですね。

ところで、「お釈迦様に帰依して題目を唱えれば悟りを開ける」とは、どの経典にも書かれていません。阿弥陀如来に関してはたくさん書かれているんですけどね。これに対して開祖・日蓮は法華経の文章に隠されていると「文底秘沈」を主張しています。ここが日蓮宗の独創的なところのひとつです。

他のお経どころか、法華経すら否定する

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By 不明 – Daily Yomiuri, July 16, 2009 issue, パブリック・ドメイン, Link

もうひとつ独特なのが、日蓮は仏教の宗派を否定しているところ。けれど、ただただ他の宗派がダメと言っているのではありませんし、日蓮宗に勧誘しているわけでもないのです。

日蓮は「上野殿御返事」という手紙で「今は末法の世なので法華経も他のお経も無益で無意味。ただ南無妙法蓮華経だけなのです」と主張しています。自分たちの法華経さえも否定するなんて、他の宗派ではなかなか見ない主張ですね。

排他的な意見を主張する日蓮は、ただ口で言うだけに留まりません。『立正安国論』を書き上げると、それを鎌倉幕府の執権・北条時頼に提出します。そこで日蓮は他の宗派を名指しで邪宗と非難しました。そして「このまま放置し続けると内乱や他国からの侵略を受けるだろう。だから、法華経を国家の中心に据えなさい」と予言交じりに書かれていたのです。

「松葉ヶ谷法難」に遭うも日蓮の予言的中

ボロボロに言われた他の宗派だって黙っているわけがありません。『立正安国論』の内容はすぐに幕府の外へ伝わってしまい、激怒した他宗派の信徒に襲撃される「松葉ヶ谷法難」が起こります。しかも、禅宗を信仰していた北条時頼からも『立正安国論』が政治批判と見なされ、日蓮は伊豆へ流罪となりました。

しかし、北条時頼が亡くなった五年後、モンゴル帝国からの侵略が始まり(元寇)、北条家内の家督争い、朝廷内でも上皇と天皇の対立が続いて内乱の兆しが深まります。『立正安国論』の予言が当たったんですね。それ見たことかと日蓮はさらに改訂した『立正安国論』を再提出し、権力に屈しない構えを見せます。が、それで今度は佐渡国に流罪です。

その後は日蓮は許されて鎌倉に戻りますが、深く信心を抱いたものの寄進によって山梨県の久遠寺に移りました。

禅を組む禅宗から臨済宗と曹洞宗

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座禅を組むことを修行の基本とする禅宗はインドから中国へ渡った達磨(だるま)大師を祖とします。「だるま」は皆さんご存知、何かを祈願するときに目を書き入れるあの赤くて丸いダルマ人形です。ダルマ人形に手足がないのは、達磨大師が壁に向かって九年もの間座禅を行い、手足が腐り落ちるという壮絶な修行の証でした。

禅宗で悟りを得るためには必ず出家しなければなりませんし、経典よりも座禅を重要視しています。そして、師匠から弟子へ悟りの伝達が行われました。最初に解説した浄土宗とは真逆の考え方にあたりますね。

\次のページで「臨済宗はソモサンセッパで考える」を解説!/

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