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「アンリ4世」を歴女がわかりやすく解説!寵姫ガブリエルを殺したのは誰か?

2-5 誰がガブリエルを殺したのか?

こうして、アンリ4世の4人目の子どもを身ごもっていたガブリエルは突然死を遂げることに。彼女を手にかけたとされる容疑者たちの中には、王妃マルゴ、結婚に反対した廷臣たち、果てはアンリ4世までいます。しかし、ガブリエルの葬儀で王妃並みの待遇で彼女を葬ったアンリ4世。個人的にはアンリではないのだろうなと思いたいです。それでは、彼女を殺したのは一体誰だったのでしょうか。単に彼女は本当に産褥熱で死んだのでしょうか。未だに明らかになっていません。

2-6 再婚したアンリ4世

ガブリエルが亡くなった後、王妃マルゴとの離婚が成立しました。アンリ4世はマルゴに多額の年金を払うことに。さて、アンリ4世の懐事情としては多くの戦争などによって経済的にかなり厳しい状況でした。そこでアンリ4世は多額の持参金を持ってきてくれる女性と再婚しようと考えます。そこで候補として挙がったのが、メディチ家出身のマリー・ド・メディシス。イタリアフィレンツェの大富豪からフランスへやって来たマリーは国家予算並みの持参金を持って嫁いできました。

2-7 フィレンツェの大富豪の娘マリー

アンリの再婚相手であったマリーは一体どんな人物だったのでしょうか。マリーは幼少時代に母を亡くし、継母に育てられました。しかし15歳の時に父を亡くした後は叔父の元で暮らすように。しかし叔父がマリーの結婚相手探しをしないままマリーを放置。その結果アンリと結婚する時のマリーの年齢は27歳になっていました。当時の結婚適齢期が14~17歳、遅くても20歳には嫁ぐのが当たり前の時代。マリーは当時としてはかなりの晩婚だったのですね。こうしてアンリと20歳も年下のマリーは結婚生活を送ることに。

2-8 巨匠ルーベンスが描くマリー

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By ピーテル・パウル・ルーベンス – The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, Link

アンリ4世と結婚後、マリーはルーベンスに連作を依頼していました。巨匠ルーベンスはマリーの人生を神話に見立てて、壮大に描きました。ただマリー自身に魅力が足りなかった模様。ルーベンスが描くマリーの絵画は、「マリー・ド・メディシスに生涯」と名付けられた21点にも及ぶシリーズの作品。かなり豪華な作品ですね。しかし実際のマリー自身の生活はアンリ4世と仲が悪く、宮廷の生活では思い描いていたものとは程遠いものとなったのです。

マリーはフランス語を習っていなかったため、宮廷では取り巻きとばかりいました。宮廷では社交が必要な場でしたが、マリーはなかなか宮廷での生活になじめませんでした。そして豊かなフィレンツェと比べて当時のフランスは宗教戦争で荒廃。マリーとしてはわざわざ貧しいフランスへ来てやったというおごりもあったのでしょう。マリーから見ると、アンリ4世は老いても愛人が多くおり宮廷内はたくさんの庶子がいたそう。宮廷内ではマリーよりも愛人たちの方がたくさんの宝石を買い与えられていて、自分よりも豪華に過ごしている様子を毎日見ていてとても悔しい思いがあったのではないでしょうか。

3 老王アンリの最期

仲が悪かったアンリとマリーでしたが、2人の間に3男3女に恵まれました。この章ではアンリ4世の最期について触れていきたいと思います。

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