亀戸事件はなぜ関東大震災直後に発生した?その理由を類似する甘粕事件との違いとともに行政書士試験合格ライターが簡単にわかりやすく解説
本庄事件と福田村事件
本庄事件と福田村事件は、非常によく似ています。どちらも、関東大震災から5日以内に発生・集団暴行により死者多数・犯行に及んだのは自警団、という共通点がありました。背景には、やはり地震による社会の混乱や、社会不安から起因する人種差別があったのです。
本庄事件では、現在の埼玉県本庄市で自警団による朝鮮人刈りが続発し、無関係な住民を含めて100名前後が犠牲になったとされます。福田村事件は、当時千葉県にあった福田村で、朝鮮人だと誤認された薬の行商人9名が惨殺された事件です。どちらも根底に人種差別があり、とても残忍な事件でした。
虎ノ門事件
虎ノ門事件は、関東大震災が発生した1923(大正12)年の年末に起きました。当時皇太子だった摂政宮裕仁親王(後の昭和天皇)が車で帝国議会に向かう途中、無政府主義者の若者に狙撃されたものです。皇太子にケガはありませんでした。実行犯の男は死刑に処せられています。
関東大震災の処理に追われていた第2次山本権兵衛内閣にとって、虎ノ門事件の発生は大きな打撃となりました。事件発生直後に閣僚の辞表が提出され、年明け早々に第2次山本内閣は総辞職となったのです。なお、犯人は亀戸事件に影響を受けて犯行に及んだという説もありますが、真相は定かではありません。
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関東大震災直後の混乱で発生した亀戸事件では10名の労働運動家が犠牲に
関東大震災の発生直後に、10名の労働運動家が犠牲となった亀戸事件が起きました。関東大震災直後の混乱や警察の厳しい取り締まり、根底にあった人種差別が原因でした。同時期に類似した甘粕事件もありましたが、亀戸事件とは標的になった人物などに違いがあります。当時は社会が混乱していたとはいえ、亀戸事件のようなことは二度とあってはなりません。



