ウクライナでの戦争から逃れた多くの「難民」を、世界各国は受け入れている。一方、アメリカとメキシコの国境には、「移民」の流入を防ぐため930km以上の壁がある。そこで今回は、移民と難民の違いをはっきりさせよう。各国の現状と対応も見ていく。外国人との交流が多いビジネスライターのホンゴウ・タケシと一緒に解説していきます。

ライター/ホンゴウ・タケシ

幼いころから現在に至るまで国内・海外で多くの外国人と交流。他国から移り住む人たちからの話を通し、世界の情勢をわかりやすく解説していく。

移民と難民は移住理由が違う

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「移民」には、国際的に合意された定義はありませんが、一般的にある程度自らの意思で住む国を移動した人たちをいいます。移民の多くは、就労のため出身国より経済的に豊かな国へ移住した人とその家族です。一方、「難民」とは紛争、迫害、人権侵害などから、仕方なく国を逃れてきた人とその家族を指します。

移民:自分の意志で移住した人たち

一般的に移民とは永住権をもたず、自国以外の国に長期に定住する人たちを指します。旅行、留学、出張などでの一時的な滞在者や、永住権を持った外国人を移民とは呼びません。

移民の権利は、1990年に国連での「全ての移住労働者及びその家族の権利の保護に関する国際条約」で保護されました。しかし移住労働者の増加による国内の失業や治安悪化などを懸念し、日本をはじめ、EU主要国、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど多くの先進国は、同条約に批准していません。

難民:やむなく逃れてきた人たち

1951年に採択された「難民の地位に関する条約」にて、難民の扱いが定義されました。しかしこの条約では1951年以前のヨーロッパに限定していたため、1967年国連での「難民の地位に関する議定書」により、これらの限定が解消されました。この2つの条約を併せて「難民条約」と呼び、難民を「国際的保護を必要とする人々」と定義しています。

難民に似た言葉に「亡命」がありますね。これは、主に政治家、軍人、学者、芸術家、文化人、スパイなどが他国に逃れる行為です。亡命した人(亡命者)も難民条約の対象になりますが、一般市民が他国に逃れる場合は難民に区別されます。

各国の移民政策と現状

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移民を受け入れる各国の政策を考えるうえでは、MIPEXが指標になります。MIPEXとは、英国のブリティッシュ・カウンシルが発表するランキング形式のデータです。このデータは、移民の受け入れ政策を持つ国を中心に56か国に対して、以下の移民政策を167の項目に分け、数値化したものとなります。

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・対象国への国籍取得や永住の容易さ
・差別を防ぐ対策の程度
・移民の子供への教育
・対象国に家族を呼び寄せられるか
・政治参加の機会や権利
・就労環境の整備
・移民への医療制度など

このMIPEXとともに、各国対応を見ていきましょう。

MIPEX第1位のスウェーデン

移民政策が最も充実しているのがスウェーデンです。2021年の統計では全人口の2割に当たる約200万人が外国生まれの人たち。最も多いのはシリア、 次いでイラク、フィンランド出身者。移民と難民に分け隔てなく受け入れており、世界からは「寛容な国」と呼ばれています。

しかし近年では、移民への経済負担と治安の悪化に苦しんでいる状況です。国の福祉予算の65%を外国出身者が受給しています。また銃での殺傷事件の発生率が、過去20年でヨーロッパ最低レベルから最高レベルに増え、公共の場での銃撃事件の容疑者の90%は移民系という現状です。

このため同国の与党・社会民主労働党でも排外主義的な主張が増えています。

移民によって建国されたアメリカ

MIPEX第6位のアメリカは、世界で最も移民を受け入れている国です。2020年の統計によれば移民は5063万人と全人口の13.6%にあたります。

2016年、移民増加がアメリカ人の仕事を奪っていると訴えたトランプ大統領が選挙に勝ち、大統領就任直後から移民や難民の制限政策を連発しました。しかし就任1ヶ月後、アメリカ各地で「移民のいない日」という、さまざまな職業に就く外国出身者が一斉に仕事を休む抗議活動が展開されました。結果、多くの飲食店・施設が休業に追いこまれ、アメリカ社会が機能不全に陥りました。

アメリカはスウェーデンと同様の問題を抱える一方で、同国の経済は移民により支えられている現実があります。

世界で最も移民比率が多いルクセンブルク

ヨーロッパの小国ルクセンブルクはMIPEX第11位。面積は神奈川県と同程度。国民60万人のうち47.6%が移民です。

国内経済を牽引するアルセロール・ミッタルという世界最大の鉄鋼メーカーや、国際金融センター。またタックスヘブンのため、AppleやeBayなど多くの国外企業の本社機能も移されています。二重国籍が認められておらず、移民の多くはこれらの企業に勤めるドイツ、ベルギー、フランスからの越境者です。家賃、光熱費、食料品などの物価が高く、所得の低い発展途上国からの移民には定住しにくい国といえます。

同国では、他国が抱える移民問題は少なく、移民がGDP上昇に寄与している状況です。

日本の状況

日本政府は、移民とは国籍取得者のみであり、期限付き在留資格を得て就労する外国人労働者とは別物という立場を取っています。このため外国人労働者の家族帯同、無期限の在留、国籍取得の優遇などの政策も取っていません。このためMIPEX第36位と、調査対象国の上位半分にも入れていません。

島国である日本は、他国と比べ移民の流入が少なかったという歴史的経緯も一因です。また日本語は独自発展した言語のため、コミュニケーションを取るうえで外国人には難度が高いことも移民の障害になっています。

産業界では、移民を労働者不足への対策にする声もありますが、徴用工問題で論争に巻き込まれたこともあり、二の足を踏んでいる状況です。

\次のページで「学識経験者の見解」を解説!/

学識経験者の見解

明海大学の萩原理沙准教授や、慶應義塾大学の中島隆信教授の指摘を紹介しましょう。

技術・技能を有し、受入国の語学ができる人材を受け入れできれば、受入国の経済成長の促進、自国労働者の社会保障負担の軽減、財政安定化の寄与など、よい影響をもたらす。ただし、選択的移民制度は「いい移民ならば受け入れる」という受入国のエゴ以外の何ものでもない。移民に担い手不足の農業や労働集約性の高い看護や福祉サービスに従事してもらえばよいという意見が根強いが、それは問題の先送り。長期的視点で社会構造を変えない限り、移民も日本で生活を始めれば同じ問題に巻き込むことになる。

この指摘に関して、皆さんはどうお考えですか?

1億人を超えた難民

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国連難民高等弁務官事務所では、2020年時点での難民数は8240万人と発表しています。その後ウクライナ戦争を始めとした新たな紛争発生により、2022年上半期時点で1億300万人に達したとの発表がありました。

難民とは別に、国を出ることなく自国内で生活している「国内避難民」という人々もいます。その数は2021年の調査で5910万人。今回は難民をテーマにしているので解説は割愛しますが、そのような人々の存在も忘れてはいけません。

難民受け入れにともなう社会問題

難民の約8割は隣国に避難していると報告されています。

ウクライナ戦争による難民は約800万人で、ポーランドが最も多くを受け入れており、次いでハンガリー、モルドバ、ルーマニア。ウクライナ戦争以前では、アジア(中東)、アフリカの紛争による難民が多く、受け入れ国もトルコ、コロンビア、ウガンダ、パキスタンの順となっています。

避難先の国々においても、経済的、衛生的に整っていなかったり、受け入れの体制が準備できていなかったりと、難民の人々にとって苦しい生活が待っている場合も少なくありません。また、難民の受け入れた国の多くは発展途上国であり、財政的負担が大きく、国際社会での責任の分配が急務とされています。

\次のページで「日本での難民受け入れの現状」を解説!/

日本での難民受け入れの現状

2021年の日本での難民認定数74人、認定率0.7%です。一方、カナダでは認定数33,801人、認定率は62.1%。日本の難民受け入れの少なさが目立ちます。

日本も難民条約の加入国です。条約には具体的な細かい定めがなく、その解釈は各国で異なります。日本で難民認定を得るには、申請者が客観的証拠を提示し、自国政府などから個人的に命を狙われ生命や身体の自由が脅かされるなどの「迫害のおそれ」を証明することが必要です。証拠書類は日本語での提出が求められます。面接では中立的な通訳が手配されておらず主張を伝えることが非常に難しい状況です。

このため難民認定の基準緩和や審査手続きの改善が求められています。

ホストとゲストとのより良い関係

移民・難民政策は、国内事情とは関係なく、長期的な視野に立った検討が必要です。一方で移り住む側にも、その国に定住するための努力も必要ではないでしょうか。アメリカの心理学者マズローの「欲求5段階説」では、人間は承認欲求の上に自己実現欲求を持つといわれています。国民も移民も難民も、今いる場所でその欲求実現のために努力し、政府がこれをサポートする関係ができればより良い社会が訪れるでしょう。

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雑学

簡単でわかりやすい!移民と難民の違いとは?各国の現状や対応もビジネスライターが詳しく解説

ウクライナでの戦争から逃れた多くの「難民」を、世界各国は受け入れている。一方、アメリカとメキシコの国境には、「移民」の流入を防ぐため930km以上の壁がある。そこで今回は、移民と難民の違いをはっきりさせよう。各国の現状と対応も見ていく。外国人との交流が多いビジネスライターのホンゴウ・タケシと一緒に解説していきます。

ライター/ホンゴウ・タケシ

幼いころから現在に至るまで国内・海外で多くの外国人と交流。他国から移り住む人たちからの話を通し、世界の情勢をわかりやすく解説していく。

移民と難民は移住理由が違う

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「移民」には、国際的に合意された定義はありませんが、一般的にある程度自らの意思で住む国を移動した人たちをいいます。移民の多くは、就労のため出身国より経済的に豊かな国へ移住した人とその家族です。一方、「難民」とは紛争、迫害、人権侵害などから、仕方なく国を逃れてきた人とその家族を指します。

移民:自分の意志で移住した人たち

一般的に移民とは永住権をもたず、自国以外の国に長期に定住する人たちを指します。旅行、留学、出張などでの一時的な滞在者や、永住権を持った外国人を移民とは呼びません。

移民の権利は、1990年に国連での「全ての移住労働者及びその家族の権利の保護に関する国際条約」で保護されました。しかし移住労働者の増加による国内の失業や治安悪化などを懸念し、日本をはじめ、EU主要国、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど多くの先進国は、同条約に批准していません。

難民:やむなく逃れてきた人たち

1951年に採択された「難民の地位に関する条約」にて、難民の扱いが定義されました。しかしこの条約では1951年以前のヨーロッパに限定していたため、1967年国連での「難民の地位に関する議定書」により、これらの限定が解消されました。この2つの条約を併せて「難民条約」と呼び、難民を「国際的保護を必要とする人々」と定義しています。

難民に似た言葉に「亡命」がありますね。これは、主に政治家、軍人、学者、芸術家、文化人、スパイなどが他国に逃れる行為です。亡命した人(亡命者)も難民条約の対象になりますが、一般市民が他国に逃れる場合は難民に区別されます。

各国の移民政策と現状

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移民を受け入れる各国の政策を考えるうえでは、MIPEXが指標になります。MIPEXとは、英国のブリティッシュ・カウンシルが発表するランキング形式のデータです。このデータは、移民の受け入れ政策を持つ国を中心に56か国に対して、以下の移民政策を167の項目に分け、数値化したものとなります。

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