この前ニュースを見ていたら、アナウンサーが「建設作業員の男が殺人容疑で逮捕された事件で、〇〇地検は男を傷害致死の罪で起訴」と言っていた。今回は、殺人と傷害致死の違いをはっきりさせよう。また殺人罪を定めている刑法を変えるきっかけとなった「栃木実父殺害事件」も見ていく。ニュースの出来事と法律のつながりを、法学部卒ビジネスライターのホンゴウ・タケシと一緒に解説していきます。

ライター/ホンゴウ・タケシ

関西の某大学法学部法律学科したビジネスライター。「日本は法が治める国」ということから、法が私たちの生活にどうつながっているのかを、わかりやすく解説していく。

殺人と傷害致死の違いは「殺意」の有無

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殺意とは、相手が死亡するいう結果の認識です。一方、傷害致死罪は暴行の故意、つまり「傷つけてやる」といった意思はありますが、死亡するという結果の認識はありません。

例えば「殺してやる」と言って胸を押した結果、転倒して打ちどころが悪くて相手が死亡したとします。加害者が胸を押したとき、それで相手が死に至るという認識がなければ、適用されるのは傷害致死罪です。傷害致死罪以外にも、暴行の意志はなくとも違法行為の結果、相手が死に至る場合の罪を総称して致死罪と呼びます。

殺人罪について

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殺人罪は刑法第199条「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」と規定。その準備だけで殺人準備罪(201条:懲役1月以上2年以下)が適用されます。

しかし被告人に責任能力がない場合は、刑を軽減したり、罰することができないという規定があります(第39条)。責任能力とは、被告人が善悪を全く判断できない心神喪失、または善悪の判断が著しく低い心神耗弱状態にある場合です。しかし故意にアルコールや薬物を大量摂取した場合は、第39条が適用されなかった判例もあります。

14歳以下の未成年も責任能力がないものとし第41条「14歳に満たない者の行為は、罰しない」と定め、少年法で審判されるのです。

殺意はあったが死に至らなかった場合の罪

殺害行為を行うも、相手が死ななかった場合に適用されるのが殺人未遂罪です(刑法203条)。相手が無傷の場合でも殺人未遂罪が成立します。飲み物に毒物を混入し殺害しようした事例では、相手がこれを飲まず無傷でしたが、殺人未遂が適用されました。また殺人未遂罪で逮捕されたあとに被害者が亡くなると殺人罪に変更されます。

量刑は殺人罪と同じですが、7年程度に収まる事が多く、裁判官の判断で法が定める量刑の半分(2年半)まで軽減が可能です。また懲役3年以下の場合は執行猶予を得る可能性もあります。

自殺を助けた場合の罪

大きく4つの罪に分けられます。相手をそそのかして自殺させる自殺教唆罪、自殺の幇助をした自殺幇助罪、殺害に際して相手の承諾を受ける場合の承諾殺人罪、相手から依頼を受けて殺害する嘱託殺人罪。自殺ではありませんが、死期が迫り苦しむ患者への安楽死事件は、嘱託殺人罪として審理されます。

被害者が死を望んでいない通常の殺人罪より罪は軽くなり、量刑は6ヶ月以上7年以下の懲役又は禁錮(刑法第202条)。ただし未遂であっても罰せられます。

\次のページで「殺人罪より重い罪」を解説!/

殺人罪より重い罪

強盗殺人罪のように組み合わせたような罪を除き、殺人罪よりも重い罪を紹介します。

内乱罪(刑法77条:死刑又は無期禁固)。革命など国家転覆を目的とした罪です。次に外患誘致罪(第81条)。外国と通じて日本への武力行使を目的とした罪です。ここでいう「外国」とは過激派組織など国際法上の国家成立要件を満さずとも成立します。刑罰は「死刑のみ」と現行法上で最も重く、絶対的法定刑という裁量余地がない刑罰です。最後は人質殺害罪(人質強要行為処罰法4条)。ハイジャックなど人質を取り、金銭要求や逃亡をする際に人質を殺害する犯罪です。刑罰は死刑又は無期懲役とされています。

ただし、これらは今日まで発生事例はありません。

致死罪について

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傷害致死罪は、第205条「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、3年以上の有期懲役に処する」と規定。この場合は加害者に暴行の意図はありますが、殺意はありません。例えば、相手にケガをさせようとし投げた結果、路上に強く頭を打って死亡してしまった場合などです。

このように、ある犯罪行為が予想以上に悪い結果を引き越した結果、より重い刑罰を与えられることを結果的加重犯と言います。この傷害致死罪と同じく、殺意はないが相手を死亡させてしまった場合に問われる結果的加重犯として、他の致死罪を見ていきましょう。

殺意はなくとも殺人罪と同等以上にみなされる罪

汽車転覆等致死罪、強盗・強制性交等致死罪、強盗致死罪、水道毒物等混入致死罪、航空機強取等致死罪、航空機墜落等致死罪、航空機破壊等致死罪。これらは殺意がなくとも、最高量刑は死刑です。

このうち汽車転覆等致死罪(刑法126条)、強盗・強制性交等致死罪(第241条)強盗致死罪(第240条)の量刑は、死刑又は無期懲役のみ。

前者は汽車・電車・船舶を転覆させ人を死に至らせた罪です。直接攻撃しなくとも、転覆させようという意思を持ち転覆を起因する行為(電車の線路に石を置くなど)を行って人が死んだら、往来危険汽車転覆等(第127条)が適用される可能性があります。この罪の量刑も死刑又は無期懲役のみのです。

様々な致死罪

これまで説明したもの以外に〇〇致死罪と呼ばれるものは16もあります。しかし今回のテーマと外れるので、ここでは割愛させてください。

その中で混同されやすい過失致死罪、業務上過失致死罪、重過失致死罪について解説します。これらはすべて、死亡原因が過失を起因とする罪です。業務上過失致死罪は医療過誤など業務上の過失があった場合、重過失致死罪は著しい注意義務違反があった場合に適用されます。重過失が認定された事例では、左手にスマホ、右手に飲物、左耳にイヤホンをして電動自転車を運転中に起こした死亡事故などです。業務上の過失でもなく、重過失も認められなかった場合は、過失致死罪が適用されます。

\次のページで「裁判における殺意の立証」を解説!/

裁判における殺意の立証

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検察は殺人罪で起訴する場合、殺意を立証しなければなりません。殺意は内面的意思なので、確定的証拠は自白だけ。被告人が自白を翻した場合、殺意を証明する状況証拠が重要になります。殺意認定の基準は次の4つ。

1.凶器の殺傷能力
2.凶器の使われ方
3.動機
4.救護措置の言動

1.が拳銃や日本刀の場合や、2.が複頭部や胸部へ複数回の攻撃であれば、死ぬことが予見できるので殺意が認定されやすくなります。3.では、被害者へ強い恨みや「誰でもいいから殺したい」と考えていたことなどが判明すれば、殺意認定の可能性が高まるでしょう。4.では、事件後の逃走や証拠隠滅しようとすると殺意認定されがちです。

刑法を変えた「栃木実父殺害事件」

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かつて日本には尊属殺人罪というものがありました。これは尊属、つまり自身または配偶者の父母(養父母も含む)や祖父母を殺害する罪です。刑罰規定では、通常の殺人罪は3年以上~無期の懲役又は死刑ですが、尊属殺人罪は無期懲役又は死刑のみ。通常の殺人罪と比べ極めて重いものでした。

しかしある事件をきっかけに尊属殺人罪は廃止されました。その事件「栃木実父殺害事件」と、法律が変わるまでの経緯を解説します。

事件の概要

1968年栃木県で女性が実父を殺害した事件です。

女性は14歳からの15年間、実父から性的被害を受け続け5人の子供を出産。逃げ出せば実父は暴力を振るい、また自身がいなくなると妹が同じ目にあうことを恐れ、女性は耐え続けました。しかし職場で女性は年下の青年と出会い、青年も結婚を真剣に考えてくれたのです。女性は実父に結婚の許可を頼むも、実父は激怒。女性は自宅に軟禁され、実父から性行為を連日強要され続け、睡眠をとることもできませんでした。

軟禁10日目、家を出るなら女性や子供らを殺すと実父は脅迫。女性は実父との関係を断ち切り、世間並みの自由を得るには殺害しかないと考え、泥酔した実父を腰紐で絞殺しました。

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尊属殺人罪の廃止

担当弁護士は女性に強く同情し、執行猶予を目指します。しかし心神耗弱と情状酌量での二重軽減を得ても、重罰の尊属殺人罪では執行猶予にはなりません。

同じ殺人と比べ、刑罰の差が激しい尊属殺人罪は、憲法の平等原則の上で合憲かという議論がありました。また本件では、実父を通常の殺人被害者よりも尊重すべき扱いとするのかという論点も加わりました。結果、尊属殺人が違憲のため無効であるとし、そのうえで傷害致死罪や正当防衛を裁判で争うことになりました。

最高裁まで審議を重ね、最終的に違憲と判断した上で、通常の殺人罪を適用し懲役2年6月執行猶予3年の判決を得ました。その後、尊属殺人罪の条文は刑法から削除されています。

法を作るのも、犯すのも、そして裁くのも人

人が殺されたという報道も、その後、殺人罪が適用されない場合は多々あります。これは犯行内容・状況などをもとに課すべき罰の検討・判断が慎重になされるからです。刑罰は、罪を犯した者から国家が一定の法益を剥奪する行為であることを重視しなければなりません。この剥奪行為を決定するには、法解釈を深めながら関連法や判例の適用も検討する必要があります。法を作るのも、犯すのも、そして裁くのも人であるからこそです。

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雑学

簡単でわかりやすい!殺人と傷害致死の違いとは?刑法を変えた事例まで法学部卒ライターが詳しく説明

この前ニュースを見ていたら、アナウンサーが「建設作業員の男が殺人容疑で逮捕された事件で、〇〇地検は男を傷害致死の罪で起訴」と言っていた。今回は、殺人と傷害致死の違いをはっきりさせよう。また殺人罪を定めている刑法を変えるきっかけとなった「栃木実父殺害事件」も見ていく。ニュースの出来事と法律のつながりを、法学部卒ビジネスライターのホンゴウ・タケシと一緒に解説していきます。

ライター/ホンゴウ・タケシ

関西の某大学法学部法律学科したビジネスライター。「日本は法が治める国」ということから、法が私たちの生活にどうつながっているのかを、わかりやすく解説していく。

殺人と傷害致死の違いは「殺意」の有無

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殺意とは、相手が死亡するいう結果の認識です。一方、傷害致死罪は暴行の故意、つまり「傷つけてやる」といった意思はありますが、死亡するという結果の認識はありません。

例えば「殺してやる」と言って胸を押した結果、転倒して打ちどころが悪くて相手が死亡したとします。加害者が胸を押したとき、それで相手が死に至るという認識がなければ、適用されるのは傷害致死罪です。傷害致死罪以外にも、暴行の意志はなくとも違法行為の結果、相手が死に至る場合の罪を総称して致死罪と呼びます。

殺人罪について

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殺人罪は刑法第199条「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」と規定。その準備だけで殺人準備罪(201条:懲役1月以上2年以下)が適用されます。

しかし被告人に責任能力がない場合は、刑を軽減したり、罰することができないという規定があります(第39条)。責任能力とは、被告人が善悪を全く判断できない心神喪失、または善悪の判断が著しく低い心神耗弱状態にある場合です。しかし故意にアルコールや薬物を大量摂取した場合は、第39条が適用されなかった判例もあります。

14歳以下の未成年も責任能力がないものとし第41条「14歳に満たない者の行為は、罰しない」と定め、少年法で審判されるのです。

殺意はあったが死に至らなかった場合の罪

殺害行為を行うも、相手が死ななかった場合に適用されるのが殺人未遂罪です(刑法203条)。相手が無傷の場合でも殺人未遂罪が成立します。飲み物に毒物を混入し殺害しようした事例では、相手がこれを飲まず無傷でしたが、殺人未遂が適用されました。また殺人未遂罪で逮捕されたあとに被害者が亡くなると殺人罪に変更されます。

量刑は殺人罪と同じですが、7年程度に収まる事が多く、裁判官の判断で法が定める量刑の半分(2年半)まで軽減が可能です。また懲役3年以下の場合は執行猶予を得る可能性もあります。

自殺を助けた場合の罪

大きく4つの罪に分けられます。相手をそそのかして自殺させる自殺教唆罪、自殺の幇助をした自殺幇助罪、殺害に際して相手の承諾を受ける場合の承諾殺人罪、相手から依頼を受けて殺害する嘱託殺人罪。自殺ではありませんが、死期が迫り苦しむ患者への安楽死事件は、嘱託殺人罪として審理されます。

被害者が死を望んでいない通常の殺人罪より罪は軽くなり、量刑は6ヶ月以上7年以下の懲役又は禁錮(刑法第202条)。ただし未遂であっても罰せられます。

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