歴史好きの人に人気があるのは「戦国時代」ですね。武田信玄や上杉謙信、毛利元就、そして織田信長など数多くの戦国武将が活躍した時代です。一方で「安土桃山時代」というのもあるよな。こちらも織田信長が活躍した時代です。

ここまで読んで、「あれ?戦国時代と安土桃山時代ってかぶってるの?」と思った人もいるかもしれませんね。その答えは…

今回は先述の疑問の答えを含め、「安土桃山時代」と「戦国時代」の違いについて、歴史に詳しい海外で働く院卒日本語教師の"むかいひろき"と一緒に解説していきます。

ライター/むかいひろき

ロシアの大学に再就職した、日本で大学院修士課程修了の日本語教師。その職務上、言葉や日本の歴史、世界情勢には人より詳しい。その強みを活かして解説を進めて行く。

「安土桃山時代」と「戦国時代」っていつ頃?

image by iStockphoto

まずは「安土桃山時代」と「戦国時代」が日本の歴史においていつを示すのかを確認していきましょう。なお、どちらの時代も始まりと終わりは研究者によって見解が異なるため、ここでは代表的なものをご紹介します。

「安土桃山時代」:1568/1573年~1600/1603年

「安土桃山時代」の初めは、織田信長が室町幕府の次期将軍・足利義昭を奉じて京都に入った1568年(永禄11年)9月26日、もしくは室町幕府第15代将軍・足利義昭が織田信長によって京都から追放された1573年(元亀4年)7月18日と考えられています。そして終焉は、戦後に徳川家康が実権を握ることになる関ケ原の戦いが発生した1600年(慶長5年)9月15日、または徳川家康が江戸幕府を開いた1603年(慶長8年)とされていますね。

どちらにせよ約30年程度の比較的短い時代と言えるでしょう。

\次のページで「「戦国時代」:1467年~1573/1590年」を解説!/

「戦国時代」:1467年~1573/1590年

image by iStockphoto

「戦国時代」は応仁の乱が発生した1467年(応仁元年)が始まりの時代区分です。その終焉は、室町幕府第15代将軍・足利義昭が織田信長によって京都から追放された1573年(元亀4年)7月18日、もしくは豊臣秀吉が小田原征伐によって天下統一を達成した1590年(天正18年)だとされています。約100年~120年程度の時代ですね。

「安土桃山時代」と「戦国時代」ってどんな時代?

ここでは「安土桃山時代」と「戦国時代」がどのような時代だったのかを見ていきましょう。時代背景を把握することで、この2つの時代がどのように違うのか、なぜかぶっている部分があるのかが理解できるはずです。

「安土桃山時代」:織田信長と豊臣秀吉の時代

image by iStockphoto

「安土桃山時代」はずばり、織田信長と豊臣秀吉の時代です。「安土桃山時代」の「安土」は織田信長の居城の安土城、「桃山」は豊臣秀吉の居城であった伏見城の別名から来ています。

織田信長と豊臣秀吉はほとんどの日本人が知っている戦国武将ですよね。織田信長は足利義昭を奉じて京都に入った1568年以降は、実質的に日本で一番力を持った大名としてその権力を拡大していきます。織田信長の死後、その立場を引き継いだのが豊臣秀吉。最終的に日本全国を統一し、名実ともに日本一の権力者になりました。

バラバラになっていた日本が、織田信長と豊臣秀吉の2人によって急速に1つにまとまっていった時代が「安土桃山時代」といえるでしょう。

「戦国時代」:大名が群雄割拠し戦が絶えなかった時代

「戦国時代」は、当時日本を統治していた室町幕府が中央政権として機能しなくなったことで発生した戦乱の時代です。元々権力のあまり強くなかった室町幕府は、1467年の応仁の乱以降、全国を統治する力を失ってしまいます

その結果、全国各地の大名が自身の権力の強化や権益の拡大を求めて近隣の大名と争うようになり、日本全国で戦争が絶え間なく続く混迷の時代となってしまいました

小さな勢力が大きな勢力に飲み込まれたり、逆に小さな勢力が大きな勢力を倒して強大化したり…といったことが日本各地で発生。ただ、「戦国時代」の終盤には大きな勢力がわずかに残るだけとなり、最終的に織田信長・豊臣秀吉によって日本は再び一つになっていきました。

「安土桃山時代」と「戦国時代」は、学説によっては一部にかぶりが生じています。ただ、「戦国時代」でバラバラになってしまった日本が、「安土桃山時代」に再び大きく一つにまとまっていく…という流れは時代のどの開始・終焉の学説に従っても同じです。「安土桃山時代」も主人公は織田信長と豊臣秀吉ですが、2人の名前の頭文字を取って、別名「織豊時代(しょくほうじだい)」とも呼ばれています。

「戦国時代」→「安土桃山時代」で徐々に国が1つに…

今回は「安土桃山時代」と「戦国時代」の違いについて解説しました。この2つの時代の大きな違いは、国のまとまり具合と言えるでしょう。「戦国時代」に多くの小さな国々にバラバラになってしまった日本が、「安土桃山時代」には再び一つの大きな国となっていくのです。織田信長と豊臣秀吉がこの世にいなければ、「安土桃山時代」はなかったでしょう。

" /> 簡単に分かる「安土桃山時代」と「戦国時代」の違い!ポイントは国のまとまり具合?院卒日本語教師が分かりやすく解説 – Study-Z
雑学

簡単に分かる「安土桃山時代」と「戦国時代」の違い!ポイントは国のまとまり具合?院卒日本語教師が分かりやすく解説

歴史好きの人に人気があるのは「戦国時代」ですね。武田信玄や上杉謙信、毛利元就、そして織田信長など数多くの戦国武将が活躍した時代です。一方で「安土桃山時代」というのもあるよな。こちらも織田信長が活躍した時代です。

ここまで読んで、「あれ?戦国時代と安土桃山時代ってかぶってるの?」と思った人もいるかもしれませんね。その答えは…

今回は先述の疑問の答えを含め、「安土桃山時代」と「戦国時代」の違いについて、歴史に詳しい海外で働く院卒日本語教師の”むかいひろき”と一緒に解説していきます。

ライター/むかいひろき

ロシアの大学に再就職した、日本で大学院修士課程修了の日本語教師。その職務上、言葉や日本の歴史、世界情勢には人より詳しい。その強みを活かして解説を進めて行く。

「安土桃山時代」と「戦国時代」っていつ頃?

image by iStockphoto

まずは「安土桃山時代」と「戦国時代」が日本の歴史においていつを示すのかを確認していきましょう。なお、どちらの時代も始まりと終わりは研究者によって見解が異なるため、ここでは代表的なものをご紹介します。

「安土桃山時代」:1568/1573年~1600/1603年

「安土桃山時代」の初めは、織田信長が室町幕府の次期将軍・足利義昭を奉じて京都に入った1568年(永禄11年)9月26日、もしくは室町幕府第15代将軍・足利義昭が織田信長によって京都から追放された1573年(元亀4年)7月18日と考えられています。そして終焉は、戦後に徳川家康が実権を握ることになる関ケ原の戦いが発生した1600年(慶長5年)9月15日、または徳川家康が江戸幕府を開いた1603年(慶長8年)とされていますね。

どちらにせよ約30年程度の比較的短い時代と言えるでしょう。

\次のページで「「戦国時代」:1467年~1573/1590年」を解説!/

次のページを読む
1 2
Share: