この記事では豚の心臓と人間の心臓の違いについてみていきます。哺乳類である豚の心臓は、人間のものと共通点が多い。そのため豚から人間へ、心臓を移植する試みがなされているんです。一方で種が違う、豚と人間では心臓に違いが多々ある。今回はそんな異種の心臓の、具体的な違いから移植まで、大学で生物学を学んだライター2scと一緒に解説していきます。

ライター/2sc

理系の大学院に通うかたわら、ライターとして活動。技術から生活までさまざまな知識を、科学の視点で解説する。この記事では、異種移植に重要な、豚の心臓と人間の心臓の違いについてわかりやすく解説していく。

豚の心臓と人間の心臓を大まかに比較

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まずは豚の心臓と人間の心臓の共通点から違いまで大まかに比較。さらには「豚から人間への心臓移植」についても紹介します。まずは哺乳類の心臓の構造から、みていきましょう!

基本的なつくりは同じ

豚の心臓と人間の心臓は、基本的な構造は同じ。どちらも哺乳類に特有の「2心房・2心室」、つまり4つの部屋をもちます。

血液を送り出すしくみも同じで、血液は心房・心室の順に流れていき、心室の収縮によって全身へと送り出されるのです。血液の通り道が体循環と肺循環の2つに分かれる点も変わりません。加えて心臓の大きさも、ほぼ同じ。そのため豚から人間への心臓移植に期待が高まっています。

細部は大きく違う

豚と人間とでは、心臓に細かな違いが存在。異種間での心臓移植を困難なものにしています。歩行時の姿勢から生態まで違うため、心臓全体の形状から脈拍の変化まで差異がみられるのです。にもかかわらず2022年には、豚から人間への心臓移植が実現しました。どのようにして、心臓の違いを克服したのでしょうか?

以下この記事では、豚の心臓と人間の心臓の具体的な違いを紹介。さらに異種移植における課題や、解決策についてもみていきましょう!

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豚の心臓と人間の心臓の具体的な違い

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豚の心臓と人間の心臓では、目視でわかるものから、分子レベルのものまで大きく3つの違いがみられます。とくに分子レベル、免疫系での違いが重要。臓器移植では、免疫系による拒絶反応を抑える必要があるのです。以下では、普段学ぶことのない「心臓の違い」について詳しくみていきましょう!

その1.形状が違う

豚と人間では、心臓のシルエットが異なります。豚では左右対称の「ハート型」です。一方人間では、中心が偏った「台形」となっています。さらに心臓の上部、心房の形状にも違いが。豚では右心房が筒形なのに対して、人間では反対側の左心房が筒形なのです。

また心臓に付属する血管も、豚と人間とで違います。人間の上大静脈と下大静脈は、心臓から正反対の方向に伸び、同一直線上に収まるのが特徴。対して豚では、2つの大静脈が直角をなしているのです。加えて肺動脈の本数が違って、豚で2本、人間で4本となります。これらの違いは、豚と人間の姿勢に由来。それぞれ四足歩行と二足歩行なので、重力のかかり方が異なるのです。

その2.寿命も違う

豚の寿命は人間よりも短く、20年程度。心臓の寿命も同様で、虚血や梗塞など老化による疾患が早期に現れるのです。くわえて豚は繊細な動物で、「驚きすぎて」死んでしまうこともあります。その心臓は人間のものよりも、弱い刺激で興奮。脈拍が上がりやすく、ダメージの蓄積が早いのも特徴です。

その3.抗原が違う

心臓を比較するうえで欠かせないのが、分子レベルでの違い。豚と人間では、細胞膜表面にある抗原(免疫の標識)が違います。具体的に豚の細胞には、ガラクトース-α1,3-ガラクトース(α-Gal)など固有の抗原が3つ存在。

対して霊長類の免疫系は、抗α-Gal抗体を作ります。豚の細胞を異物として認識するのです。そのため人間に豚の心臓を移植すると、通常であれば拒絶反応が出てしまいます。

\次のページで「豚の心臓は人間に移植可能?」を解説!/

豚の心臓は人間に移植可能?

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豚から人間への、臓器移植の研究が着々と進んでいます。豚を活用することで、心臓や腎臓、膵島など各種の臓器を患者に届けられるのです。この記事では豚をドナーとする、心臓移植について詳しく解説。まずはじめに、なぜ生きた心臓を移植する必要があるのか、その理由についてみていきましょう!

心臓移植の重要性

心疾患の患者は移植までに、アメリカでは数ヶ月、日本ではなんと数年も待たねばなりません。患者数に対して、ドナーの人数が圧倒的に少ないのです。ではなぜ、心臓移植という処置が必要なのでしょうか?機械式の心臓を開発できれば、ドナー不足に悩む必要もありませんよね。

実際に心疾患の応急処置のなかには、補助人工心臓(VAD)の取り付けがあります。肝臓や眼と比べて心臓は、はたらきがシンプル。機械で置き換えることが可能なのです。しかし腹部に管を通して取り付けるVADでは、感染症のリスクを避けられません。ほかにも出血や血栓など、重篤な障害が生じます。よって生存率を高めるためには、生きた心臓の移植が不可欠なのです。

「豚の心臓」という選択肢

ドナーの不足に対する解決策として、豚の心臓を人間の患者に移植するという試みがなされています。豚と人間は心臓の大きさがほぼ同じ。さらに豚は強い繁殖力をもちます。そして移植での拒絶反応は、遺伝子操作で抑えることが可能。豚を使えば、移植を待つ患者に生きた心臓を届けられるのです。

異種移植における課題と解決策

豚の心臓を移植するうえで、人間との「抗原の違い」が重要。豚に固有な抗原を取り除かない限り、拒絶反応を抑えられません。そこで遺伝子操作によって、抗原を3つ失った「トリプルノックアウト」の豚が生み出されました。2022年1月に人間の患者へ移植された心臓も、このノックアウト豚由来。移植から2ヶ月経っても拒絶反応が起こらず、免疫の問題は解決できました。

しかし未だ問題は山積み。移植用の心臓には、豚由来の病原体が潜んでいます。たとえクリーンな環境で育てられた豚(指定病原体フリー/DPF)であっても変わりません。移植を受けた患者では、感染症への耐性が落ちています。これは患者が、免疫系を抑える薬を飲んでいるから。とくに心臓の損傷につながる、豚のサイトメガロウイルスをゼロにすることが今後の課題です。

「豚の心臓」と「人間の心臓」はまだまだ別物

種の違いを超えて、豚の心臓を人間に移植する試みがなされています。遺伝子工学の技術により、異種間での違いがなくなりつつあるのです。たとえば移植時の拒絶反応は、遺伝子操作によって抑えることができました。しかし豚と人間とでは、心臓の形状や寿命も違います。そして豚の心臓には、特有の病原体が潜んでいるのです。よって異種移植は、発展途上といえるでしょう。

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雑学

簡単でわかりやすい!豚の心臓と人間の心臓の違いとは?形や免疫の違いから移植まで生物学専攻ライターが詳しく解説

豚の心臓は人間に移植可能?

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豚から人間への、臓器移植の研究が着々と進んでいます。豚を活用することで、心臓や腎臓、膵島など各種の臓器を患者に届けられるのです。この記事では豚をドナーとする、心臓移植について詳しく解説。まずはじめに、なぜ生きた心臓を移植する必要があるのか、その理由についてみていきましょう!

心臓移植の重要性

心疾患の患者は移植までに、アメリカでは数ヶ月、日本ではなんと数年も待たねばなりません。患者数に対して、ドナーの人数が圧倒的に少ないのです。ではなぜ、心臓移植という処置が必要なのでしょうか?機械式の心臓を開発できれば、ドナー不足に悩む必要もありませんよね。

実際に心疾患の応急処置のなかには、補助人工心臓(VAD)の取り付けがあります。肝臓や眼と比べて心臓は、はたらきがシンプル。機械で置き換えることが可能なのです。しかし腹部に管を通して取り付けるVADでは、感染症のリスクを避けられません。ほかにも出血や血栓など、重篤な障害が生じます。よって生存率を高めるためには、生きた心臓の移植が不可欠なのです。

「豚の心臓」という選択肢

ドナーの不足に対する解決策として、豚の心臓を人間の患者に移植するという試みがなされています。豚と人間は心臓の大きさがほぼ同じ。さらに豚は強い繁殖力をもちます。そして移植での拒絶反応は、遺伝子操作で抑えることが可能。豚を使えば、移植を待つ患者に生きた心臓を届けられるのです。

異種移植における課題と解決策

豚の心臓を移植するうえで、人間との「抗原の違い」が重要。豚に固有な抗原を取り除かない限り、拒絶反応を抑えられません。そこで遺伝子操作によって、抗原を3つ失った「トリプルノックアウト」の豚が生み出されました。2022年1月に人間の患者へ移植された心臓も、このノックアウト豚由来。移植から2ヶ月経っても拒絶反応が起こらず、免疫の問題は解決できました。

しかし未だ問題は山積み。移植用の心臓には、豚由来の病原体が潜んでいます。たとえクリーンな環境で育てられた豚(指定病原体フリー/DPF)であっても変わりません。移植を受けた患者では、感染症への耐性が落ちています。これは患者が、免疫系を抑える薬を飲んでいるから。とくに心臓の損傷につながる、豚のサイトメガロウイルスをゼロにすることが今後の課題です。

「豚の心臓」と「人間の心臓」はまだまだ別物

種の違いを超えて、豚の心臓を人間に移植する試みがなされています。遺伝子工学の技術により、異種間での違いがなくなりつつあるのです。たとえば移植時の拒絶反応は、遺伝子操作によって抑えることができました。しかし豚と人間とでは、心臓の形状や寿命も違います。そして豚の心臓には、特有の病原体が潜んでいるのです。よって異種移植は、発展途上といえるでしょう。

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