簡単でわかりやすい!「御家人」と「旗本」の違いとは?「大名」との違いも雑学マニアが詳しく解説
御家人の役割と暮らし
御家人は馬に乗ることを許されていなかったので、戦では徒士組(歩兵)、鉄砲百人組(鉄砲隊)などに配属されるのが常でした。平時は勘定所勤務や普請方勤務、もしくは町奉行所の与力・同心など下級官吏として働いていました。
御家人には所属する役所の組単位で「組屋敷」が貸し与えられていたのですが、生活はあまり豊かとは言えず、給料として支給された米を換金してやりくりしたり内職をしている人も珍しくなかったようです。また御家人も旗本も必ず役につけたわけではなく、無役の人も多かったそう。その人たちは小普請組(大工仕事等を行う、のちに小普請役金を上納する)に振り分けられていました。
時代劇でも聞き覚えがあるかもしれませんが、御家人は「旦那様」、その妻は「御新造様」と呼ばれていましたよ。
旗本の役割と暮らし
旗本は役方(行政職)として奉行・奏者番・大目付・目付・代官など、あるいは番方(軍事・警察)として小姓組番・書院番・大番・新番・小十人組などの役職についていました。ちなみに旗本の最高職は「留守居」で、これは将軍不在時に江戸城の留守を守るという重要な役割でした。
旗本には、幕府から家禄に応じて「旗本屋敷」が貸し与えられていましたが、屋敷では家族だけでなく奉公人たちも養う必要があり、経済的には質素な暮らしをしている旗本も多かったようです。ただ旗本の中でも「大身旗本(たいしんはたもと)」と呼ばれる旗本がいて、大名に課される参勤交代などがなかった分、小さな大名よりもずっと裕福だったそうですよ。
旗本は領地を持っているので「殿様」、その妻は「奥様」と呼ばれていました。このことからも旗本と御家人の身分格差はとても大きかったことがわかりますね。
\次のページで「直参って何人くらいいたの?」を解説!/





