ギリシャの吟遊詩人が著した『イーリアス』に描かれた「トロイア戦争」。かつては史実ではなく、ギリシャ神話のひとつとして認識されていた。ですが、あることをきっかけに、実はトロイア戦争は本当に起こっていたことがわかった。
今回は「トロイア戦争」を取り巻く英雄などを含めて歴史オタクのライターリリー・リリコと一緒にわかりやすく解説していきます。

ライター/リリー・リリコ

興味本意でとことん調べつくすおばちゃん。座右の銘は「何歳になっても知識欲は現役」。大学の卒業論文は義経をテーマに執筆。大河ドラマや時代ものが好き。歴史のなかでも特に古代の国家や文明に大きな関心を持つ。今回は古代ギリシャの「トロイア戦争」について詳しくまとめた。

1.ギリシャの文学の基礎『イーリアス』の生みの親「ホメロス」

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紀元前8世紀ごろに活躍したとされる吟遊詩人ホメロス(ホメーロス)。今回のテーマとなる「トロイア戦争」を題材にした『イーリアス』、そして、ギリシャの英雄オデュッセウスの旅を書いた『オデッュセイア』の二大叙事詩の作者です。

両作はギリシャ最初の文学作品であり、「叙事詩」というジャンルを確立した作品となりました。「叙事詩」とは、歴史や伝説の英雄、そして神話を物語としたジャンルを指します。ホメロスの二作は当時のギリシャ文学やギリシャ神話、それから、のちのヨーロッパ文学にも深い影響を与えた作品として非常に重要視されました。

ただし、近代になってホメロスは実在したか疑問視されたことがあり、実在も非実在であったかも証明できないため、彼が本当に生きていたのかは謎のままですよ。

口承された物語をまとめて文学に?『イーリアス』の誕生

トロイア戦争が起こったとされるのは、ミケーア時代と呼ばれる紀元前1400年から1200年の間。そこから人々によって口承で伝えられた物語を紀元前8世紀にホメロスがまとめて『イーリアス』ができたとされています。

つまるところ、『イーリアス』はホメロスひとりの創作ではなかったのです。しかし、ホメロスの類稀なる吟遊詩人の才能によって構成された物語は比類なきものであり、彼が大詩人として名を遺すのに十分なものでありました。

ただし、『イーリアス』がテキスト化されたのはホメロスの200年後の紀元前6世紀あたりだとされています。それまでは『イーリアス』もまた人々に歌われ、口承されていたのでした。

2.トロイアは実在した?シュリーマンの世紀の大発見

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「トロイア戦争」の舞台はその名の通り「トロイア王国」。現在のトルコ共和国の北西端、エーゲ海に面したイリオスにあった王国です。

しかし、トロイア戦争は『イーリアス』に書かれた神話であり、史実ではないとされてきました。そんななか、1871年にシュリーマンがイリオスで遺跡を発見。発掘が進められ、この遺跡がかつてのトロイア王国の遺跡と比定されたのです。

トロイアの遺跡が見つかったことにより、紀元前1200年ごろ、実際にイリオスが他国あるいは他部族からの侵攻を受け、それが口承されホメロスの『イーリアス』へと反映されたのではないか、と考えられました。

伝説の発見の裏に大バッシングあり!?ずさんな発掘

ただし、シュリーマンの大発見も両手放しで喜べるものではありませんでした。

彼は子どものころに読んだ『イーリアス』からトロイアがあった場所を推測、私財を投じて発掘を行った…と、そこまではよかったのです。けれど、シュリーマンの本業は商人であって、発掘を生業とする考古学者などではありません。そのため、発掘作業が行われた遺跡の重要な部分が消失してしまいます。

シュリーマンのトロイア遺跡発見は世界遺産に登録されるほど貴重であり、考古学へも影響を与えました。しかし、失われたものは元には戻りません。発掘という仕事はとても繊細で、神経を尖らせ慎重に行わなければならないのです。だからこそ、シュリーマンのトロイア遺跡発掘は学会で認められるまで非常に長い時間を要することになりました。

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3.ギリシャ神話の神々が登場!トロイア戦争のあらすじ

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ギリシャ神話の神々が多く登場するトロイア戦争。果たして、それが本当に起こった史実かどうかは一端脇に置いておきまして、この章ではトロイア戦争のあらすじをお話ししていきましょう。トロイア戦争はたった一個の黄金のリンゴからはじまったのです。

最も美しい女神は誰?不和のリンゴを巡る女神たちの争い

ことの発端はオリンポスで行われたとある結婚式でのこと。すべての神々が招待される盛大な式だったにもかかわらず、不和と争いの女神エリスはその場に呼ばれませんでした。それに腹を立てたエリスは式場に「最も美しい女神へ」と書いた黄金のリンゴを投げ込みます。

ここでひとつ特筆すべきは、ギリシャ神話の神々は非常に人間臭いということ。最高神ゼウスはたくさん浮気するし、妻の女神ヘラは嫉妬深い。そのため、夫婦喧嘩が絶えないなんて話もあります。他の神話の神々と比べても個性的で、人間味にあふれる神々なのでした。

そんな人間臭い神々が集まる場所に「最も美しい女神へ」なんて書かれたリンゴが投げ込まれたからたいへんです。女神たちは美しさに自負がありますから、リンゴを巡って争いが起きるのは必然でした。さすが不和の女神はわかっていらっしゃる。

争いを止めるためゼウスが人間を指名「パリスの審判」

黄金のリンゴを巡って特に争ったのはヘラ、アテナ、アフロディーテの三柱の女神でした。

ヘラはゼウスの妻であり、神々の女王でもあります。アテナは知恵や戦略を司る女神、そして、アフロディーテは愛と美の女神でした。それぞれ「最も美しい女神」を譲れるはずもありません。

終わらない争いを仲裁するため、ゼウスは黄金のリンゴの権利が誰にあるのか人間に決めさせようとします。そうして選ばれたのが、トロイアの王子パリスでした。

これで正当な判定が下ればまだよかったのですが、女神たちは自分が選ばれるようパリスに賄賂を贈ろうとします。ヘラは君主の座を、アテナは戦いでの勝利を、そして、アフロディーテは最も美しい女性を贈ると提案しました。

そうして、パリスはアフロディーテを選び、最も美しい女性を手に入れることになる…のですが、これが大問題だったのです。

アフロディーテが約束した最も美しい女性は……

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女神アフロディーテがパリスに約束した最も美しい女性とは、ギリシャのスパルタ王メネラーオスとすでに結婚し、妃となっていた「ヘレネー」だったのです。つまり、人妻で、しかも他国のお妃様。にもかかわらず、なんとパリスはヘレネーを誘拐してしまいます。

ところで、ヘレネーは絶世の美女でしたので、結婚前はとんでもない数の求婚者がギリシャ全土から集まったとか。これはまた大きな争いを生んでしまうと考えた彼女の義父(もしくはオデュッセウス)はあらかじめ求婚者の男たちにひとつ約束をさせました。

「この中から誰が選ばれても抗議せず、その男が窮地に立たされたときは、全員でその男を助けること」

この約束のため、ヘレネーを攫ったパリスはギリシャの全土の男たちを敵に回すことになったのです。

トロイア戦争開戦!ギリシャ連合軍対トロイア王国

パリスはヘレネーをトロイアに連れ帰りましたが、兄のヘクトール王子と姉のカッサンドラ王女は「この誘拐はトロイアを滅ぼす」と主張してヘレネーを返すよう言いますが、聞き入れられませんでした。

一方、ギリシャ側はヘレネーを取り返すため、スパルタのメネラーオス王とその兄でミュケーナイのアガムメノン王、嫌々ながら引っ張り出されたオデュッセウス…などなど、ギリシャの英雄たちが連合軍を結成。神々もまたアポロン、アルテミス、アフロディーテがトロイアに、パリスを恨むヘラ、アテナの女神とそれからポセイドンがギリシャ側につくことになりました。

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神々の血を引く英雄たちのトロイア戦争

トロイア戦争に登場する英雄たちはギリシャ神話の神々の血を引いていたり、現実的ではない逸話が多くあります。たとえば、俊足で知られるギリシャの英雄「アキレウス」は海の女神テティスの息子でしたし、トロイア側のアイネイアース(『アエネーイス』主人公、ローマ建国の祖)はアフロディーテの息子です。直接の父母でなくとも、ギリシャの英雄の家系図さかのぼるとだいたい神様の名前が出ますよ。

神様の血を引く英雄、神様から加護を得た英雄たちがぶつかりあい、一進一退の末、十年にも渡る大戦となったのです。

国と家族を守るために戦う!トロイアの勇将ヘクトール

ヘレネーを攫ったパリスの兄であり、トロイアの王子だった「ヘクトール」は戦争に反対でしたが、始まってしまったのだから仕方ありません。パリスを叱りつつも決して見放すことはなかったのです。ヘクトールは家族と国に殉じ、かけがえのない日々を守るために戦った英雄でした。

ヘクトールはトロイアの総大将として防衛に全力を注ぎ、ギリシャの軍勢を何度も退けます。そうして、ギリシャの英雄アキレウスと対峙することになるのです。

トロイア戦争の天王山!ヘクトールと怒るアキレウスの一騎打ち

アキレウスはトロイアの数々の英雄を倒し、トロイアの城に迫ります。トロイアの兵たちが城に逃げ込むなか、ヘクトールがひとりで門の前に残り、アキレウスに一騎打ちを挑んだのです。アキレウスは挑発しながら逃げ回るヘクトールを追い回し、ついに殺してしまいました。

彼に強い復讐心のあったアキレウスは死んだヘクトールを戦車に括り付けて引きずりまわします。しかし、ヘクトールは太陽神アポロンの加護があり、遺体に傷ひとつ付くことはなかったのです。

トロイア側の懇願もあってアキレウスはヘクトールの遺体を返還。ヘクトールは嘆き悲しむ家族のもとへ返されます。アキレウスはその後悔と服喪のために11日間は戦わないと約束をしました。

不死の英雄!?俊足のアキレウスは死ぬのか?

アキレウスは母の女神テティスによって不死の体を得た半神半人で、ギリシャ側は彼がいないとトロイアを陥落できないという予言までありました。

しかし、アキレウスにも唯一弱点があります。母テティスがアキレウスを不死にするため冥府を流れる川に浸けたのですが、そのときに彼女はアキレウスの踵を掴んでいたため、踵のみ不死になりませんでした。そのため、戦いのさなかにアキレウスはアポロンの加護を持つパリスに弱点である踵を射抜かれ、死ぬこととなったのです。

トロイア陥落!オデュッセウスの計略「トロイの木馬」

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トロイア戦争の終盤、ギリシャのオデュッセウスは巨大な木馬を建造し、木馬の中に兵たちを潜ませてトロイアの門前に置きました。トロイアの人々はギリシャ軍が木馬を残して撤退したと騙され、木馬を市内に引き入れてしまいます。

そうして、トロイアの人々が寝静まった夜中。木馬からギリシャ兵たちが飛び出し、外に潜んでいた仲間を市内に引き入れてトロイアを制圧したのです。不意を突かれたトロイアの人々は反撃もままならないうちに殺され、ここにトロイアは滅んだのでした。

\次のページで「神話と現実の入り混じる物語「トロイア戦争」」を解説!/

神話と現実の入り混じる物語「トロイア戦争」

ギリシャの詩人ホメロスに語られる『イーリアス』。そこには神話と、現実に起こった「トロイア戦争」が描かれました。舞台となるトロイア王国はギリシャに滅ぼされてしまいますが、古代ギリシャのあまたの英雄たちが戦い、そうして死んでいった悲劇が物語として現代へと語り継がれたのです。

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ギリシャ世界史

簡単にわかる!「トロイア戦争」ヘクトールにアキレウス!古代ギリシャの英雄揃う大戦争を歴史オタクがわかりやすく解説

ギリシャの吟遊詩人が著した『イーリアス』に描かれた「トロイア戦争」。かつては史実ではなく、ギリシャ神話のひとつとして認識されていた。ですが、あることをきっかけに、実はトロイア戦争は本当に起こっていたことがわかった。
今回は「トロイア戦争」を取り巻く英雄などを含めて歴史オタクのライターリリー・リリコと一緒にわかりやすく解説していきます。

ライター/リリー・リリコ

興味本意でとことん調べつくすおばちゃん。座右の銘は「何歳になっても知識欲は現役」。大学の卒業論文は義経をテーマに執筆。大河ドラマや時代ものが好き。歴史のなかでも特に古代の国家や文明に大きな関心を持つ。今回は古代ギリシャの「トロイア戦争」について詳しくまとめた。

1.ギリシャの文学の基礎『イーリアス』の生みの親「ホメロス」

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紀元前8世紀ごろに活躍したとされる吟遊詩人ホメロス(ホメーロス)。今回のテーマとなる「トロイア戦争」を題材にした『イーリアス』、そして、ギリシャの英雄オデュッセウスの旅を書いた『オデッュセイア』の二大叙事詩の作者です。

両作はギリシャ最初の文学作品であり、「叙事詩」というジャンルを確立した作品となりました。「叙事詩」とは、歴史や伝説の英雄、そして神話を物語としたジャンルを指します。ホメロスの二作は当時のギリシャ文学やギリシャ神話、それから、のちのヨーロッパ文学にも深い影響を与えた作品として非常に重要視されました。

ただし、近代になってホメロスは実在したか疑問視されたことがあり、実在も非実在であったかも証明できないため、彼が本当に生きていたのかは謎のままですよ。

口承された物語をまとめて文学に?『イーリアス』の誕生

トロイア戦争が起こったとされるのは、ミケーア時代と呼ばれる紀元前1400年から1200年の間。そこから人々によって口承で伝えられた物語を紀元前8世紀にホメロスがまとめて『イーリアス』ができたとされています。

つまるところ、『イーリアス』はホメロスひとりの創作ではなかったのです。しかし、ホメロスの類稀なる吟遊詩人の才能によって構成された物語は比類なきものであり、彼が大詩人として名を遺すのに十分なものでありました。

ただし、『イーリアス』がテキスト化されたのはホメロスの200年後の紀元前6世紀あたりだとされています。それまでは『イーリアス』もまた人々に歌われ、口承されていたのでした。

2.トロイアは実在した?シュリーマンの世紀の大発見

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「トロイア戦争」の舞台はその名の通り「トロイア王国」。現在のトルコ共和国の北西端、エーゲ海に面したイリオスにあった王国です。

しかし、トロイア戦争は『イーリアス』に書かれた神話であり、史実ではないとされてきました。そんななか、1871年にシュリーマンがイリオスで遺跡を発見。発掘が進められ、この遺跡がかつてのトロイア王国の遺跡と比定されたのです。

トロイアの遺跡が見つかったことにより、紀元前1200年ごろ、実際にイリオスが他国あるいは他部族からの侵攻を受け、それが口承されホメロスの『イーリアス』へと反映されたのではないか、と考えられました。

伝説の発見の裏に大バッシングあり!?ずさんな発掘

ただし、シュリーマンの大発見も両手放しで喜べるものではありませんでした。

彼は子どものころに読んだ『イーリアス』からトロイアがあった場所を推測、私財を投じて発掘を行った…と、そこまではよかったのです。けれど、シュリーマンの本業は商人であって、発掘を生業とする考古学者などではありません。そのため、発掘作業が行われた遺跡の重要な部分が消失してしまいます。

シュリーマンのトロイア遺跡発見は世界遺産に登録されるほど貴重であり、考古学へも影響を与えました。しかし、失われたものは元には戻りません。発掘という仕事はとても繊細で、神経を尖らせ慎重に行わなければならないのです。だからこそ、シュリーマンのトロイア遺跡発掘は学会で認められるまで非常に長い時間を要することになりました。

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