日本史

5分で簡単にわかる「摂政」誰がなった?何をするの?現代にもあるって本当?歴史オタクがわかりやすく解説

「摂政」というと平安時代の藤原氏のイメージが真っ先に浮かぶでしょう?それほど平安時代に摂政が活躍してきた、もしくは、摂政の座を争ったということなんです。ですが、摂政は古代からある制度で、実は聖徳太子が初じゃない。
今回はこの「摂政」について、制度と、それから歴代摂政が何をしたかを歴史オタクのライターリリー・リリコと一緒にわかりやすく解説していきます。

ライター/リリー・リリコ

興味本意でとことん調べつくすおばちゃん。座右の銘は「何歳になっても知識欲は現役」。大学の卒業論文は義経をテーマに執筆。大河ドラマや時代ものが好き。日本史のなかでも古くから存在する「摂政」。今回は摂政の制度や歴代摂政について詳しくまとめた。

1.現代にもあるって本当?「摂政」のお仕事

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今回のテーマとなる「摂政」は、日本史において「天皇が幼かったり、女性であったり、病弱であったりして政務と行えない場合、天皇に代わって政務をとる役職」でした。摂政として特に知られているのは飛鳥時代の聖徳太子(厩戸王)や、平安時代の藤原家ですね。

その初代はおおよそ四世紀後半の神功皇后とされ、2022年現在、その最後に就いたのは昭和天皇です。

廃止はいつ?幕府の裏でずっと続いていた「摂政」

「摂政」と教科書によく出てくるのはだいたい平安時代のあたりでしょうか。「藤原〇〇が△△天皇の摂政として~」のように書かれていたと思います。しかし、時代が下って近世には日本史のスポットライトは朝廷から幕府へと移り変わったこともあってほとんど聞きません。ただし、耳にしなくても制度はしっかり続いています。

明確に摂政が廃止されたのは、1868年のこと。江戸幕府が朝廷へ政権を返す「大政奉還」が行われ、明治天皇が「王政復古の大号令」を発布。王政復古によって摂政、関白、そして征夷大将軍が廃止されたのです。

廃止と思ったらすぐに復活?ちょっとだけ変わった「摂政」

江戸時代から明治時代になって一度は廃止された「摂政」でしたが、1889年(明治22年)に大日本帝国憲法と旧皇室典範によって復活します。ただし、そのときの摂政は昔のようなものではありません。

明治から復活した摂政は「天皇と同じ権限を持つ」、「天皇が成人していないとき、もしくは体調不良など長期にわたって政務をとれないときに皇族のなかから摂政を選ぶ」というもの。たとえ内閣総理大臣でも皇族でなければ摂政にはなれなかったのです。

何をするの?現代に復活した「摂政」

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そして、現代において「摂政」は現行の皇室典範に「天皇が未成年であるとき、あるいは天皇が国事行為を行えないときに置く」と記されています。これは宮内庁のホームページにもありますので、気になる方はチェックしてみてください。

現代の天皇は、日本国憲法において君主としての権限を持たない「日本の象徴」です。内閣総理大臣の認証式をしても、内閣総理大臣を直接指名したりなど政治的な権限はない、と憲法にも記されました。代わりに、国事行為といって、内閣の助言と承認によって国事に関係することを行います。たとえば、内閣総理大臣の認証や文化勲章の授与などです。

現代の摂政もまた天皇と同じで、政治的な権限はなく、国事行為のみを天皇の代理で行うことが仕事となります。

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