現代社会

第1回芥川賞の候補となった作家「高見順」とは?その生い立ちや代表作などを歴史好きライターが簡単にわかりやすく解説

高見順の最期の言葉『死の淵より』

詩人としても活躍した高見順は、最晩年に『死の淵より』という詩集を発表。冒頭の「死者の爪」が特に有名です。病床で執筆されたこの作品は、高見が迫りくる死と向き合って懸命にもがき苦しむ様が描かれています。高見が最後の力を振り絞って書いた『死の淵より』は、大きな評判となりました。

1965(昭和40)年、高見は58歳で亡くなります彼の死後に、優れた詩人を毎年表彰する高見順賞が創設されました。歴代受賞者には、現在の詩壇を代表する詩人が数多く名を連ねています。2020(令和2)年、高見順賞はちょうど50回目の節目を迎えてその役目を終えたのです。

日本近代文学館の設立

高見順は日本の文学界を憂う作品をいくつか残しました。戦時中に物議を醸した『文学非力説』や、1958(昭和33)年発表の『昭和文学盛衰史』などがそれにあたります。そんな高見が日本近代文学館の設立に尽力したのは当然のことでしょう。設立には、高見や川端康成、伊藤整といった名だたる作家が参加しました。

高見は公益財団法人日本近代文学館の初代理事長に就任します。貴重な文学資料を失わないようにと高見は努力を重ねました。1963(昭和38)年に日本近代文学館は発足。現在は東京の駒場公園の中に本館があり、2007(平成19)年には千葉県成田市に分館が開館されました。

高見順は辛い経験を乗り越えて日本近代文学の発展に貢献した

高見順は「父を知らずに育つ」「転向を強制させられる」「前妻に裏切られる」といったコンプレックスを抱えていました。しかし、それらの辛い経験を糧として、次々に作品を発表します。小説が第1回芥川賞の候補となっただけでなく、詩や評論などでも優れた才能を発揮しました。晩年には日本近代文学館の設立に尽力するなど、高見は生涯を通じて日本文学に多大な貢献をしたのです。

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