現代社会

なぜ日系人はブラジルとハワイに多い?これまでの日系人の歩みや各地での待遇などを歴史好きライターがわかりやすく解説

よぉ、桜木建二だ。今回は、日系人について学んでいこう。

今や世界中に日系人が暮らしているが、中でもブラジルとハワイに多いぞ。なぜブラジルとハワイに日系人が集中しているのか、詳しく知りたい人は多いだろう。

日系人がブラジルやハワイに多い理由や、日系人が歩んだこれまでの歴史などを、日本史に詳しいライターのタケルと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/タケル

資格取得マニアで、士業だけでなく介護職員初任者研修なども受講した経験あり。現在は幅広い知識を駆使してwebライターとして活動中。

日系人とはどのような人を指すのか

image by iStockphoto

まずは「日系人」の定義について、改めておさえておきましょう。

日系人とは海外に移住した日本人とその子孫

「日系人」とは、「日本以外の国に移住してその国の国籍や市民権を取得した人」をいいます。近年では海外に住居を移す日本人が増えましたが、海外で生活するだけでは日系人とはいいません。それでは単なる移住者です。日系人と呼ばれるには、海外に定住して国籍などを取得することが要件になります

しかし、多くの人が想像する「日系人」とは、「先祖が日本人である外国人」ではないでしょうか。実際に、「日本以外の国に移住してその国の国籍や市民権を取得した人の子孫」も「日系人」と定義されるのです。たとえば、父または母が日本人の場合は「日系二世」祖父母のいずれかが日本人の場合は「日系三世」などと呼びます。

日系人が多い国はブラジルとアメリカ

現在日系人が多い国はブラジルとアメリカです。ブラジルはサンパウロ州やパラナ州、アメリカはハワイ州やカリフォルニア州などに多く住んでいます。この2カ国だけで全世界の3分の2ほどの日系人が多く住んでいるとされますが、あくまでもその割合は推定といわざるをえません。

なぜなら、日系人が世代を重ねるにつれて人口の把握が難しくなるからです。日本の外務省は海外に居住する日本人の数を把握していますが、日系二世・三世以降は日本国籍を有しない場合が多く、調査の対象から外れます。そもそも、多くの国では人口調査で出身国などをあまり気にしません。日系人は全世界に400万人いるとされますが、あくまでも推定値です

no-img2″>
 <figcaption class=桜木建二

日系人の数を把握することは、現状ではとても難しいようだな。たとえば、太平洋にある島国のパラオは人口が1万8千人ほどだが、日系人がそのうちの2割を占めるともいわれている。クニオ・ナカムラという日系人が大統領を務めたこともあるぞ。しかし、パラオには世界各地から移住している人がいるため、もはや誰がどこの国から来た人なのか把握できなくなっているのだ。

なぜブラジルに日系人が多いのか

image by iStockphoto

最も多くの日系人が居住する国はブラジルですが、なぜブラジルに日系人が多いのでしょうか。

19世紀より中南米各地に日本人が移住

中南米への日本人の移住は、19世紀後半からすでに始まっていました。北米でも移民は受け入れられてはいましたが、アメリカ合衆国で移民を制限する法律が制定されたなどの理由があったため、中南米への移民が進むようになります。19世紀末には、すでに日本人のグアテマラへの移民がありました

戊辰戦争などで名を馳せた榎本武揚も、中南米への日本人移民に尽力した人でした1897(明治30)年に殖民団が横浜から出発してメキシコに入り、農地の開拓などを試みます。しかし、伝染病の流行などで計画は頓挫。結局、思うような成果が得られぬまま早いうちに撤退しました。

笠戸丸に乗ってブラジルへ

1908(明治41)年に神戸港を出港した笠戸丸は、781人の移民を乗せてサントス港へと向かいました。ブラジルのサンパウロ州政府が労働力を確保するために要請したことへ応えたためです。より多くの労働者を確保するために、家族単位での移民が条件とされました

しかし、現地での労働は過酷で、その上賃金や住環境など待遇は良いとはいえませんでした。そのため、多数の移民が逃げ出したとされます。しかし、現地で雇われていた移民は自作農として独立するようになり、自力で生計を立てられるようになりました。ブラジルに移民した日本人は、やがて二世・三世と子孫を増やしていきます。

第二次大戦後にブラジルへの移民が再開される

1930年代から40年代は対日感情の悪化などもあり、移民が一時中断します。しかし、1950年代から再び移民は再開移民者は延べ10万人を超えました。サンパウロ日本文化協会(現在のブラジル日本文化福祉協会)など日系人を代表する団体が、ブラジル各地に設立されるようになります。

1980年代以降は、日本からブラジルへの移民はほとんど見られなくなりました。ですが、今や日系ブラジル人はブラジルの社会に違和感なく溶け込んでいます。柔道や空手でブラジルから多くの選手を輩出し、寿司や醤油など日本ならではの食材も親しまれるようになりました。日系人がブラジルの国務大臣に就任したこともあります

no-img2″>
 <figcaption class=桜木建二

戦後ブラジルへ移民した人にアントニオ猪木さんがいるな。猪木さんが中学生の時だった1950年代にブラジルへと渡り、猪木さんはコーヒー農園などで働いたそうだ。その時に体が鍛えられ、猪木さんは少年部の砲丸投げでブラジルの陸上競技の大会で全国優勝するまでになったぞ。それがスカウトの目に留まり、日本に帰国してプロレスラーとなったのだ。

なぜハワイに日系人が多いのか

image by iStockphoto

ハワイも日系人が多い地域です。なぜ日系人が増えたのか、見ていくことにしましょう。

19世紀初頭には日本人が上陸していた

日本人がハワイに上陸した事例は、記録に残っているものだけでも19世紀初頭からすでにありました安芸国(現在の広島県)の稲若丸という船が、捕鯨船に救助されてハワイに上陸したとされます。その他にも、日本人が漂流してハワイにたどり着いたことが19世紀のうちに何度もありました。

その中でも有名なのは、ジョン万次郎こと中浜万次郎でしょう。万次郎は、土佐国(現在の高知県)から漁船に乗って出港しましたが、船が難破。漂流していたところをアメリカの捕鯨船に救助され、鎖国していた日本ではなく、ハワイへ行きました。アメリカなどで過ごした後に帰国した万次郎は、通訳などで活躍するようになります

ハワイ国王の移民要請

ハワイでは1830年代から砂糖が生産されるようになり、サトウキビ栽培などの労働者を確保する必要に迫られました。そこで、19世紀中頃よりハワイへの移民が受け入れられるようになります中国などからハワイへの移住が急増し、多くの人が製糖業に従事しました

1860(万延元)年に日本の遣米使節団がハワイに寄港すると、ハワイ国王のハメハメハ4世が日本人の移民を要請1868(明治元)年より日本からの移民が開始されました。1885(明治18)年から明治政府による官約移民が始まると、移民の数が急増。制度が廃止される1894(明治27)年にまでに、およそ2万9千人がハワイへと渡りました

\次のページで「ハワイの人口の1割以上が日系人」を解説!/

次のページを読む
1 2 3
Share: