物質は、磁石の力に対し強く磁化される、弱く磁化されるなどの「磁性」を持っているのは知っているな?磁性には強磁性や常磁性、反磁性などがありますが、この記事ではそのうちの1つ「反強磁性」と、それを持つ物質「反強磁性体」について掘り下げていきます。

反強磁性体は強磁性体と成り立ちが似ているものの磁石としての性質がなく、工業的価値のない材料と思われていたが、近年の研究によりその価値が見直されている。そんな反強磁性の原理や特徴について、学生時代に磁気工学を学んでいたライターthrough-timeと一緒に解説していこう。

ライター/through-time

工学修士で、言葉や文学も大好きな雑食系雑学好きWebライター。学生時代、磁性材料の研究をしていた経験と知識を生かし、反強磁性について分かりやすく解説していく。

磁性と磁気モーメント

反強磁性を解説する前に、それ以外の磁性や、磁性を決める磁気モーメントについて説明します。

磁性とは

磁性とは

image by Study-Z編集部

磁石が物質に及ぼす力磁力磁力が作用する空間の状態磁界(または磁場)、磁界によって物質が磁気を帯びる現象磁化(または帯磁)といいます。

あらゆる物質は磁界に対して磁化しますが、その振る舞いは物質によってさまざまです。これを磁性といいます。磁性には種類があり、磁石につくほど強く磁化する性質強磁性、磁石にはつかないものの磁石にひきつけられるように磁化する性質常磁性磁石に反発するように磁化する性質反磁性と呼ばれるものです。

磁界は電流によっても作られ、導線が真っすぐな場合は同心円状、ループ状の場合は棒磁石と同じような磁界がそれぞれ発生します。また、磁界は主に工学の分野で使われる表現で、物理の世界では磁場と呼ばれることが多いです。

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磁気モーメントとは

磁性を決めるのは、物質内にある磁気モーメントです。磁気モーメントは、磁石としての強さとその向き(S極からN極)を表すベクトル量で、磁石はもちろんのこと、ループ状の電流(円電流)、小さいところでは電子分子、大きいところでは地球も磁気モーメントを持っています。

磁性の担い手

磁性の担い手

image by Study-Z編集部

物質の磁性の担い手となるのは、電子に由来する2つの磁気モーメントです。

1つは軌道磁気モーメントと呼ばれる、原子核の周りを回る電子が円電流を作ることから生じる磁気モーメントで、主に反磁性に寄与します。もう1つが、電子に固有スピン磁気モーメントです。この磁気モーメントは軌道磁気モーメントよりはるかに大きく、強磁性や常磁性に重要な役割を果たします原子全体の磁気モーメントは、この2つの磁気モーメントの量子力学的総和です。

ほかにも、原子核が持つ核磁気モーメントがあります。前述の2つに比べ非常に小さいため、磁性の担い手としての役割はほぼありませんが、固有の周波数の電磁波と共鳴する、いわゆる核磁気共鳴の重要なファクターです。

スピン磁気モーメントについて

スピン磁気モーメントについて、もう少し詳しく解説しましょう。

量子力学が確立する前の古典電磁気学において、この磁気モーメントは電子の自転運動(スピン)による円電流が発生させたものと考えられていました。しかし、実際に計測されたスピン磁気モーメントの大きさは、自転運動の解釈から導き出される値よりずっと大きかったのです。その後、古典電磁気学では説明しようのないこの電子の挙動について、量子力学的な概念が導入されました。そして、多くの研究者が理論と実験を重ねて実証したこの概念に、改めてスピンの名がつけられたのです。

スピンの状態は2つあり、それぞれ「上向き」と「下向き」と表現されますが、各々が逆向きを向いているだけで実際の方向とは全く関係ありません。

スピンに量子力学的な意味合いを持たせた現在でも、分かりやすく説明するために「スピンは電子の自転運動である」の解釈が用いられることがあります。

不対電子とは

不対電子とは

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電子の軌道原子軌道といい、多電子原子は多くの原子軌道を持ちます。しかし、量子力学において1つの原子軌道に入れる電子は2つまでで、かつ2つの電子のスピンはお互い反対向きでなくてはいけません。これをパウリの排他律といい、この規則に基づいて原子軌道を占有する2つの電子電子対軌道に1つしかなく電子対を作っていない電子不対電子と呼びます。

電子対は互いのスピンが逆向きであるため、磁気モーメントも逆向きで打ち消し合い差し引き0です。一方、不対電子のスピン磁気モーメントはそのままで、原子全体の磁気モーメントに大きく影響します

そもそも、あらゆる物質は弱い反磁性を持っていますが、あまりにも微弱なため、不対電子ひいてはスピン磁気モーメントがあると容易に打ち消され表に出てきません。不対電子がない、もしくは不対電子があっても磁性に寄与しない物質のみが、もともとの反磁性を示すのです。

反強磁性とは

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反強磁性が具体的にどのような磁性なのか、ほかの磁性と比較しながら解説していきます。

\次のページで「各磁性のスピン磁気モーメント配列」を解説!/

各磁性のスピン磁気モーメント配列

各磁性のスピン磁気モーメント配列

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常磁性スピン間に相互作用がありません。そのため、外部磁界がない場合スピン磁気モーメントは自由に熱振動してバラバラの方向を向いており、全体的な磁化も0です。磁界をかけると熱振動が抑えられ、スピン磁気モーメントが少しずつ磁界の方向に向くようになります。

強磁性隣り合うスピンを同じ向きにそろえようとする相互作用があり、スピン磁気モーメントもそれにならうため、常磁性のようにスピン磁気モーメントがバラバラの向きを向くことがありません。磁界がなくても規則的かつ同じ向きに配列し、ひとりでに強い磁化を形成します(自発磁化)。

反強磁性にもスピン間に働く相互作用がありますが、強磁性と違い隣り合うスピンを互いに反対向きにそろえようとする相互作用です。隣り合うスピン磁気モーメントも互いに反対向きで打ち消し合うため、磁界がないときは常磁性と同じく磁化が0になります。

反磁性、強磁性との違い

反磁性磁界に対し逆向きに磁化する磁性です。反強磁性は名前に「反」がついていますが、常磁性と同じく磁界の向きに磁化します。強磁性と反強磁性の違いは前述の通り、隣り合うスピンおよびスピン磁気モーメントが同じ向きに整列しているか、逆向きに整列しているか、です。

フェリ磁性について

フェリ磁性について

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酸化鉄を主成分とするセラミックス・フェライトに代表されるフェリ磁性も、反強磁性と同じく隣り合うスピンが反対方向に向いています。しかし、隣り合うスピン磁気モーメントの大きさが異なるため、全体としてスピン磁気モーメントが打ち消されず、自発磁化を形成するのです。

反強磁性を示す物質

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反強磁性を示す物質(反強磁性体)は、酸化マンガンMnO酸化ニッケルNiOなど、酸化物が多いです。また、単体のクロムCrマンガンMnは、複雑なスピン配列を持っていますが、スピン磁気モーメントが打ち消し合って全体的な磁化がないため、広義的に反強磁性とみなされています。

反強磁性の原理と特徴

反強磁性の主な要因となる超交換相互作用や、特徴的な磁化過程について述べていきます。

超交換相互作用とは

反強磁性の主な要因である、隣り合うスピンが互いに逆向きを向くような量子力学的相互作用を、超交換相互作用といいます。これは、磁性イオンの間に酸素Oや塩素Clなどの陰イオンが存在することで起こる相互作用です。また、強磁性の要因である交換相互作用によっても、反強磁性的なスピン配列が起こる場合があります。

\次のページで「反強磁性の磁化過程」を解説!/

反強磁性の磁化過程

反強磁性の磁化過程

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反強磁性の磁化過程を解説する前に、磁気異方性について説明しましょう。

磁気異方性とは、強磁性体において、物質の向きによって磁化の振る舞いが異なる傾向のことで、物質の結晶構造や形状により生じます。たとえば、棒磁石が長さ方向に磁化しているのは、形状による磁気異方性があるからです。

磁気異方性は反強磁性体にもあります。反強磁性体に対し、スピン磁気モーメントに垂直の方向に磁界をかけていくと、磁化は線形に増加した後、強磁性体と同様に飽和しますが、平行方向に磁界をかけても、磁界と逆向きのスピンが抵抗するために磁化はなかなか大きくなりません。そして、ある磁界の値から磁化がぐんとはね上がり(スピンフロップ)、その後は垂直方向と同じような磁化過程をたどります。

ネール温度とは

ネール温度とは

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スピン間の相互作用が強く、スピン磁気モーメントがなかなか磁界方向を向かないため、反強磁性体の磁化率はとても小さいです。温度を上げていくと、その相互作用が次第に壊れて、磁化率が上昇しますが、ある温度になると相互作用が熱振動に負け、反強磁性から常磁性に転移してしまいます。この温度がネール温度(またはネール点)で、強磁性体のキュリー温度に相当するものです。

反強磁性体やフェリ磁性の研究でノーベル物理学賞を受賞したルイ・ネールが名前の由来となっています。

反強磁性体は次世代の磁性材料

反強磁性の原理や特徴について解説しました。

電子が持つ電気的性質(電荷)と磁気的性質(スピン)両方の物理現象を研究したり、工学的に応用したりする学術分野をスピントロニクスといい、今最も勢いのある研究分野の1つです。これまでのスピントロニクスは主に強磁性体を扱っていましたが、近年の反強磁性体研究の急速な発展を受け、反強磁性体を主体とした反強磁性スピントロニクスが脚光を浴びています。

反強磁性体は、省電力・超高速化・超高密度化が求められる磁気デバイスの中心材料として期待される、次世代の磁性材料なのです。

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物理理科

5分で簡単にわかる反強磁性!特徴や原理、強磁性との違いも工学系院卒ライターがわかりやすく解説

磁気モーメントとは

磁性を決めるのは、物質内にある磁気モーメントです。磁気モーメントは、磁石としての強さとその向き(S極からN極)を表すベクトル量で、磁石はもちろんのこと、ループ状の電流(円電流)、小さいところでは電子分子、大きいところでは地球も磁気モーメントを持っています。

磁性の担い手

磁性の担い手

image by Study-Z編集部

物質の磁性の担い手となるのは、電子に由来する2つの磁気モーメントです。

1つは軌道磁気モーメントと呼ばれる、原子核の周りを回る電子が円電流を作ることから生じる磁気モーメントで、主に反磁性に寄与します。もう1つが、電子に固有スピン磁気モーメントです。この磁気モーメントは軌道磁気モーメントよりはるかに大きく、強磁性や常磁性に重要な役割を果たします原子全体の磁気モーメントは、この2つの磁気モーメントの量子力学的総和です。

ほかにも、原子核が持つ核磁気モーメントがあります。前述の2つに比べ非常に小さいため、磁性の担い手としての役割はほぼありませんが、固有の周波数の電磁波と共鳴する、いわゆる核磁気共鳴の重要なファクターです。

スピン磁気モーメントについて

スピン磁気モーメントについて、もう少し詳しく解説しましょう。

量子力学が確立する前の古典電磁気学において、この磁気モーメントは電子の自転運動(スピン)による円電流が発生させたものと考えられていました。しかし、実際に計測されたスピン磁気モーメントの大きさは、自転運動の解釈から導き出される値よりずっと大きかったのです。その後、古典電磁気学では説明しようのないこの電子の挙動について、量子力学的な概念が導入されました。そして、多くの研究者が理論と実験を重ねて実証したこの概念に、改めてスピンの名がつけられたのです。

スピンの状態は2つあり、それぞれ「上向き」と「下向き」と表現されますが、各々が逆向きを向いているだけで実際の方向とは全く関係ありません。

スピンに量子力学的な意味合いを持たせた現在でも、分かりやすく説明するために「スピンは電子の自転運動である」の解釈が用いられることがあります。

不対電子とは

不対電子とは

image by Study-Z編集部

電子の軌道原子軌道といい、多電子原子は多くの原子軌道を持ちます。しかし、量子力学において1つの原子軌道に入れる電子は2つまでで、かつ2つの電子のスピンはお互い反対向きでなくてはいけません。これをパウリの排他律といい、この規則に基づいて原子軌道を占有する2つの電子電子対軌道に1つしかなく電子対を作っていない電子不対電子と呼びます。

電子対は互いのスピンが逆向きであるため、磁気モーメントも逆向きで打ち消し合い差し引き0です。一方、不対電子のスピン磁気モーメントはそのままで、原子全体の磁気モーメントに大きく影響します

そもそも、あらゆる物質は弱い反磁性を持っていますが、あまりにも微弱なため、不対電子ひいてはスピン磁気モーメントがあると容易に打ち消され表に出てきません。不対電子がない、もしくは不対電子があっても磁性に寄与しない物質のみが、もともとの反磁性を示すのです。

反強磁性とは

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反強磁性が具体的にどのような磁性なのか、ほかの磁性と比較しながら解説していきます。

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