ソビエト連邦ロシアロシア革命ロマノフ朝世界史

世界初の社会主義国家「ソビエト連邦」とは?その軍事力や科学技術力について元大学教員が5分でわかりやすく解説

ベルリンの壁の崩壊により加速

1948年6月にソ連がベルリン封鎖を行うと、1949年に西側が西ドイツをつくります。それに対抗するようにソ連が東ドイツの樹立を宣言。長らくドイツは東西で分裂したままでした。しかしながら東ドイツは、西ドイツと比べると貧しく、東ドイツの住民の国外逃走が多発しました。

そこでフルシチョフが作ったのがベルリンの壁。しかしながら1989年、ソ連からの独立を求める機運が強まり、ベルリンの壁が強行的に破壊されました。それにより東西に分かれていた国境が開放されます。ソ連崩壊を一気に推し進めました。

ゴルバチョフ共産党書記長の辞任

ゴルバチョフが共産党書記長になったのはソ連が崩壊寸前だったころ。社会主義を徹底することに限界を感じたゴルバチョフは自由化を進めていきます。ソ連の遅れている点を認めて、立て直し政策の「ペレストロイカ」を推進しました。

ドイツの統合については国内の問題であると容認。それに反発する強硬派に命を狙われます。共産党のリーダーだったボリス・エリツィンはゴルバチョフを拘束。自由にする代わりにその地位をはく奪させました。それによりソ連は解体の道を進みます。

ゴルバチョフの愛称は「ゴルビー」。ソ連がらみの指導者のなかでは、唯一国際的に愛されました。ソ連の指導者時代、徹底的に融和政策をすすめました。第2次大戦後、シベリアに抑留されていた旧日本軍人の名誉も回復。1991年には日本を公式に訪問し、北方領土問題の解決にも尽力しました。それはソ連の指導者として初めてのこと。亡くなるまで、プーチン政権による民主化の弾圧についても政治の外から警告を鳴らし続けました。

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ゴルバチョフはソ連が解体されるように仕向けたとも言われている。それにより平和がもたらされると思ったからだ。1990年にはノーベル平和賞も受賞している。地位ははく奪されたものの、海外でも影響力を持ち続けた稀有な政治家だな。

ソビエト連邦は本当に消滅したの?

ソビエト連邦は制度上は消滅しましたが、その栄光を懐かしむロシア国民も多いそうです。ソ連はいろいろな混乱はあったものの、超大国として威厳を放ってしました。解体後、旧ソ連国は決して裕福になっていません。ソ連に対する郷愁を強く抱いているのがロシア連邦大統領のウラジミール・プーチン。ソ連時代の「強いロシア」の復活を熱望しています。そういう意味では、ソ連はまだロシアに残っていると言ってもいいかもしれません。

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