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世界初の社会主義国家「ソビエト連邦」とは?その軍事力や科学技術力について元大学教員が5分でわかりやすく解説

核ミサイル発射警告衛星ネットワークのエラー

当時のソ連は、核ミサイル発射警告衛星ネットワークを完成させたばかりでした。それは「オコ」というもので「目」を意味するシステム。アメリカから核ミサイルが発射されると、すぐにそれを捉えられるものでした。

1983年9月26日の深夜、アメリカからミサイルが発射されたことを伝える警報が鳴ります。メインスクリーンに戦闘準備を命じる文字が表示。30分後にミサイルがソ連に到達するとされました。実は、このサイレンはエラーによるものでした。

スタニスラフ・ペトロフの機転で危機を回避

このシステムの警報を信じるなら、ソ連は戦闘態勢に入るのが自然な流れです。このときオコを管理していたのはソ連防空軍の中佐だったスタニスラフ・ペトロフ。彼は、サイレンが鳴ったことに驚くものの、ミサイルの数が少なすぎることに違和感を持ちます。

そのまま核ミサイルの発射を上層部に報告したら、おそらく戦争になっていました。しかし、ペトロフの機転によりエラーに気づきます。本来あるはずのデータが不足しているなどから、誤報であることが判明。核戦争の危機は回避されました。

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今でも核を持っていることで、相手国を威嚇することはある。そのようななか誤報が流れたらどうなるだろうか。勘違いで核戦争が始まってしまうこともある。それで命が失われたらたまったものじゃない。でも、誤報に気づいたペトロフはさすがだな。

航空宇宙技術を発展させたソビエト連邦

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SiefkinDR投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

核兵器の開発に加え、ソ連が力を入れたのが航空宇宙技術の開発です。ソ連がライバルとしたのがアメリカ。宇宙開発は、武器を使わないある種の戦争として、国の威信をかけて行われました。

世界初の人工衛星スプートニク1号

1957年、ソ連が世界で初めて打ち上げた世界初の人工衛星がスプートニク1号です。この成功によりアメリカや西側諸国は衝撃を受けました。それは「スプートニク・ショック」と呼ばれ、宇宙開発戦争の始まりとなりました。

「スプートニク・ショック」により設立されたのがNASA。宇宙開発に関わる技術者の養成を本格的に始めました。スプートニク1号が打ち上げられた1ヶ月後、スプートニク2号が打ち上げらます。スプートニク3号は打ち上げに失敗しました。

人類初の有人宇宙飛行にも成功

人工衛星は無人による打ち上げですが、人を乗せて宇宙に行くことも、世界で初めて成功しています。このとき登場したのがソ連の軍人でありパイロットでもあるユーリ・ガガーリン。ボストーク3KA-2で宇宙を飛行することに成功しました。

宇宙を飛んでいるあいだ、ガガーリンは中尉から少佐に昇進。2階級飛ばして出世しました。これは、ソ連関係者はガガーリンは生きて帰れないと思ったからです。しかしながらガガーリンはパラシュートで脱出、無事に帰還しました。

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今はカプセルに入ったまま地上に戻ることができる。だが、ガガーリンの時代はそういう仕組みはなし。そのためパラシュートで脱出したんだ。ガガーリンはソ連の宇宙事業の成功のシンボルとして世界で公演活動をするが、34歳のときに墜落事故で急死した。

ソビエト連邦の崩壊

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Series: Reagan White House Photographs, 1/20/1981 – 1/20/1989 Collection: White House Photographic Collection, 1/20/1981 – 1/20/1989 – https://catalog.archives.gov/id/75854433, パブリック・ドメイン, リンクによる

1988年ごろからソビエト連邦の内部は分裂。ソ連はさまざまな国をまとめていましたが、脱退を画策する国が出現。さらにクーデーター等が多発し、まとまりがなくなっていきます。

\次のページで「ベルリンの壁の崩壊により加速」を解説!/

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