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世界初の社会主義国家「ソビエト連邦」とは?その軍事力や科学技術力について元大学教員が5分でわかりやすく解説

軍事の拡張も進められる

フルシチョフ時代に一貫して進められたのが軍事の拡張です。核兵器の配置が進められたのもこのころでした。核兵器の危機が世界に知られるようになったのがキューバ危機。ソ連がキューバに核ミサイル基地を作っていると、アメリカがカリブ海域を封鎖したことにより勃発しました。

ソ連とアメリカのあいだで核戦争が起こるのではと、世界中に緊張が走りました。キューバ危機は雪解けするものの、ソ連とアメリカの代理戦争は継続。そのあいだも核兵器の開発は進められてきました。

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キューバは今でも共産党による一党独裁が敷かれている。ソ連のスターリンの思想が根強く残っている数少ない社会主義国家だ。とはいえ、今では自由化も進められており、自由に経済活動をするために国外脱出を図る者も多い。

ソビエト連邦がこだわったのが西側への対抗

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ソビエト連邦は、アメリカや西ヨーロッパ諸国など「西側」に対抗するため、軍事力の増強に邁進しました。核兵器を搭載できる爆撃機や弾道ミサイル、潜水艦、戦車などを開発します。

ワルシャワ条約機構による軍事同盟

社会主義国家の宗主として、同盟国を軍事的に守ることもミッションとしました。そこで立ち上げられたのがワルシャワ条約機構。同盟国に基地を置き、武器や戦車などを大量に輸出。反乱などがあったときは鎮圧を助けました。

ワルシャワ条約機構の同盟国には、武器や戦車のほかに将校も派遣。軍事訓練も行いました。アフリカなどの非社会主義国家も水面下で支援。その影響もあって、第三世界を中心にソ連時代の武器が流出しており、それが治安を悪化させています。

ソビエト連邦が熱心に行った核開発

ソビエト連邦は、とくにアメリカと対抗するため、核開発を熱心に行いました。冷戦が過熱する最中、超大型水素爆弾であるAN602を製造しました。ツァーリ・ボンバと呼ばれるこの水素爆弾は、単一兵器として世界最大の威力があるとされています。

爆発実験を行うことを指示したのがフルシチョフ。ソ連がドイツから東ドイツを切り離し、ベルリンの壁を作り出したときでした。さらにキューバ危機の勃発。このまま核戦争になるのではないかと、世界中の人々は恐れました。

東西冷戦が終わったあと、アメリカとソ連は第一次戦略兵器削減条約を結んでいます。それにより段階的に核兵器が削減されることになりました。しかし、旧ソ連の構成国であったロシア、ウクライナ、カザフスタン、ベラルーシに核兵器が残されていることが問題視されました。本来は廃棄されるべきものですが、ソ連崩壊後の不安定な情勢もあり、そのままになってしまいました。現在も日本を含めた各国の協力のもと、廃棄作業が進められています。

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この当時、核戦争により人類は滅亡するのではないかと、本気で恐れられていた。フルシチョフは、モスクワが吹き飛ばないように威力を減らしたと言っていたらしい。冗談では済まないジョークだ。

ソビエト連邦を襲った核ミサイル発射の誤報

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米ソの対立が頂点に達していたとき、アメリカから核ミサイルが発射されたという誤報が流れたことがあります。それをソ連が真に受けていたら、核戦争が本当に起こるかもしれない状況になりました。

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