ロシアのプーチン大統領によるウクライナ進攻により注目される機会が増えたロシア正教会。キリスト教系の教会ということは分かるものの、プロテスタントやカトリックと何が違うのか、気になる人も多いでしょう。

そこでロシア正教会とはどんな教会なのか、その歴史や背景などを世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

アメリカの歴史や文化を専門とする元大学教員。アメリカに対抗する大国であるロシアが今、ウクライナ進攻により世界を震撼させている。ロシアがウクライナを進攻する理由のひとつにロシア正教会のルーツがあるという噂も。気になったので調べてみた。

ロシア正教会はキリスト教の教会のひとつ

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ロシア正教会は「正教会」に属するキリスト教系の教会のひとつです。正教を英語にするとオーソドックス。ギリシャ語のオルソドクシアすなわち「正しい教え」もしくは「正しい賛美」という意味合いがあります。

十二使徒に直接つながる教えを継承

ロシア正教会を含む正教会は、イエス・キリストの直弟子である十二使徒との直接のつながりを自認。その教えを正しく継承するという信念を持っています。キリスト教では、1世紀に初代教会ができたという認識が共有されていますが、正教会はそこに直結していると考えました。

とはいえ、ロシア正教会は単なる教会の名称。そのため、プロテスタントやカトリックのように、教派独自の教えがあるわけではありません。ロシア正教会を含むすべての正教会は、等しくイエス・キリストの恩恵を受けられると考えられています。

さまざまな国に存在している正教会

最近はロシア正教会がもっとも有名ですが、実は東ヨーロッパを中心にさまざまな正教会が存在しています。世界史でよく耳にするのがギリシア正教会。アメリカ正教会、グルジア正教会、ポーランド正教会などもあります。どれも教義上の違いはありません。

2018年に設立されたのがウクライナ正教会。もともと細かな教派に別れていましたが2018年に統合されました。日本にも正教会がありますが「自治正教会」に分類されるもの。そのためロシア正教会とは位置づけが少し異なります。そのため日本正教会でお葬式をあげたからといってロシアとつながりがあるわけではありません。

キリスト教にはたくさんの宗派があります。有名なものが「カトリック」と「プロテスタント」。そのほかにある教派のひとつが「正教会」です。そもそもキリスト教はローマ帝国の国教。ローマ帝国が東西に分裂したことは世界史で学んだでしょう。そのときにキリスト教も東西に分かれたのです。その東側に分布していたのが「正教会」。西側の教会は「カトリック」と「プロテスタント」に分かれました。

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ロシア正教会のルーツはウクライナ?

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発祥ははっきりしない点も多いロシア正教。プーチン大統領がウクライナに対して異常な固執を見せるのは、ロシア正教会のツールがウクライナにあるからという見方もあります。

ウラジーミル1世による集団先例がロシア正教会のルーツ

正教会の伝道は10世紀よりも前から、ロシアからウクライナに流れるドニエプル川で流域で行われていました。988年、キエフ大公国のウラジミール1世がルーシ人を集団洗礼。ウラジミール1世はそれによりキエフ大公国をキリスト教化。そこれがロシア正教会のルーツとされています。

ちなみにルーシ人とはウクライナ人とベラルーシ人の呼び名のこと。11世紀から20世紀半ばにかけて使われていました。ウラジミール1世は、自国をキリスト教化したあとは、東ローマ皇帝バシレイオス2世の妹アンナと結婚することで、自らの影響力を拡大。息子たちを各地に派遣して、キエフ大公国の支配下に置きました。

聖徒と位置づけられているキエフ大公国のウラジミール1世

現在のウクライナのキエフを想起させるキエフ大公国。その地を収めていたウラジミール1世はキリスト教の聖人のひとりとされています。キエフで最も大きな大聖堂である聖ヴォロディームィル大聖堂は、ウラジーミル1世に捧げられるほどの影響力。ロシアとその周辺にキリスト教をもたらした人物と見なされています。

ウラジーミル1世が正教会により聖人化されたのが13世紀。さらにはカトリック教会でも聖人として畏敬の対象となっています。つまり、ロシア正教会をスタートさせたのが、キエフ一帯を収めていたウラジミール1世。正教会の聖人が、他国の人物となってしまっては、ロシア正教会としては立場がありません。そのためロシアはウクライナを領土の一部にしておきたいのです。

ソ連時代は弾圧の対象となったロシア正教会

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1917年にロマノフ王朝が崩壊。ボリシェヴィキ革命のすえに社会主義国家であるソビエト社会主義共和国連邦が樹立します。ボリシェヴィキの指導者であるウラジーミル・レーニンは「信仰することは思想的には死体愛好主義」と手紙に記すなど、宗教に対して厳しい姿勢。そのためソ連は国家体制としては無宗教となりました。

第二次世界大戦期に風向きが変わったロシア正教会

ロシア正教会は、禁止されはしないものの弾圧の対象となります。聖職者から選挙権をはく奪。修道院と大聖堂は閉鎖されました。さらにレーニンは、貧しい人々を救うためと称して、ロシア正教会の財産を没収。2千人もの聖職者と信者が射殺されました。市民は信仰することは許されていましたが布教は禁じされていました。

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツおよびその同盟国と戦う大祖国戦争が始まったことで、ロシア正教会の風向きが変わります。スターリンは、ロシア正教会の主要人物たちと会合を開き、新しい総主教の選出を許可。財政支援もスタートさせます。信者がクリスマスをお祝いすることも認めました。

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アメリカの要請によりロシア正教会を再建

再び合法化されたロシア正教会ですが、これには事情がありました。ナチス・ドイツ軍はロシア正教会の信者を惹きつけるために占領地に正教会を建設。それを危惧したアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領はソビエト市民に信仰の自由を与えることを要請、それを実現したら経済的・軍事的な支援を継続すると言いました。

ソ連は社会主義のプロパガンダを浸透させることを優先、宗教を禁じてきました。しかしながら無宗教を貫くと、戦争では国民の一体化を阻んでしまう一面もあります。そこでスターリンはロシア正教会に対する態度を180度変えたのです。

ウクライナ進攻により混乱するロシア正教会

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プーチン大統領によるウクライナ進攻について、ロシア正教会は支持する立場をとっています。さらに総主教は「祝福」を与えました。戦争が起こるとたくさんの人が亡くなります。それはロシア正教会にとっては悲しむべきこと。それにも関わらずどうして「祝福」を与えたのでしょうか。

キリル総主教はプーチン大統領の盟友

ウクライナ進攻時の総主教であるキリルは反西欧の立場をとる人物。西側諸国が受け入れている同性愛を嫌悪していることも理由。同じく反西欧のプーチンとは盟友という間柄です。ふたりは領土拡張についても同じ思想を共有。旧ソ連領の一部だった地域を進攻により拡張し、精神的なつながりを強固にする「ルースキー・ミール」を支持しています。

さらにロシア正教会にとってもウクライナは重要な場所。ウラジミール1世が異教を改宗させ、ロシアやその周辺地域をキリスト教化するきっかけとなった地だからです。ロシア正教会にとってウクライナは「聖域」のような場所。そのためウクライナが、思想的に相いれない西欧諸国の影響下に置かれることは許せないのです。

他のキリスト教会からも断絶を表明される

ウクライナ進攻を支持し、その軍事行動に「祝福」を与えたことで、他の国のキリスト教会はロシアとの距離を取りはじめています。オランダ・アムステルダムの聖ニコラス正教会は、キリル総主教を祝福する言葉を入れることを中止。世界教会協議会はウクライナ進攻を中止させるために「仲介」の役割を果たすように進言しました。

1917年のロシア革命のあとロシア正教会は静粛されましたが、ソ連が解体したあとは精神的支柱として復活しました。現在プーチン大統領は、ウクライナ進攻をめぐり世論が揺らぐなか、ロシア正教会を通じて国民を結び付けようとしています。ロシア正教会は、信仰心と政治の両方に関わっていると言えるでしょう。

ロシア正教会の総主教と絶縁する宗派も

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キリル総主教はプーチン大統領のウクライナ進攻を支持していますが、すべての関係者が同じ考えというわけではありません。ウクライナにもロシア正教会系の教会がありますが、その一部は総主教との絶縁を表明しています。

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イエス・キリストの教え「なんじ殺すなかれ」

イエス・キリストの教えのひとつが「なんじ殺すなかれ」。この教えに従って戦争に反対するキリスト教関係者も少なくありません。ウクライナ系のロシア正教会は、キリル総主教のウクライナ進攻の支持は「なんじ殺すなかれ」の教えに背くものだと判断。ウクライナとロシアの両方に交渉による問題解決を進めるべきと伝えました。

ウクライナ進攻により、ロシア正教会系の信者も国外に退去を強いられるなど悲惨な目にあっています。信心深い人々がそのような目にあっているのに、プーチン大統領の政策を支持することができないとも言いました。プーチン大統領は、自分の政策に反対する教会が出てきていることに激高。しかしながらロシア正教会の分裂は進んでるのが現実です。

ウクライナ正教会が離脱するとどうなる?

正教徒は世界中にいますが、その大半はロシアとウクライナ。両国の信徒を合わせると、そのほかの国の正教徒の合計数よりも多くなります。ロシアの傘下にある正教会の信徒の4分の1はウクライナ人。教会区の3分の1もウクライナに置かれています。そのためウクライナ正教会が離れると、ロシア正教会の影響力は一気に落ち込んでしまうでしょう。

一定の信者数を包するウクライナ正教会の離脱は、ロシア正教会にとって危機的な状況。ロシア正教会はプーチン大統領を支持していますが、それは教会の影響力を守るためでもあります。そのため、信仰心を政治的に利用していると批判する声も少なくありません。

ロシア正教会の変化の可能性は?

ロシア正教会は、そのルーツがウクライナにあるなど、領土的にも複雑な背景があります。ソ連時代の冷遇の影響もあり、政治的な権力者と行動を共にせざるを得ない事情もありました。しかしながら、キリル1世総主教は、ウクライナの教会の苦しみを理解するという発言をするなど、プーチン大統領と距離を取り出しているという報道も。政治に翻弄されてきたロシア正教会は、これからどのような判断をするのでしょうか。ニュースなどで動向を注視することで歴史の大きな変化を目の当たりにすることができるかもしれませんね。

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ソビエト連邦ヨーロッパの歴史ロシアロシア革命ロマノフ朝世界史

「ロシア正教会」とは?ロシアやウクライナとの関係は?歴史や背景を元大学教員が5分でわかりやすく解説

イエス・キリストの教え「なんじ殺すなかれ」

イエス・キリストの教えのひとつが「なんじ殺すなかれ」。この教えに従って戦争に反対するキリスト教関係者も少なくありません。ウクライナ系のロシア正教会は、キリル総主教のウクライナ進攻の支持は「なんじ殺すなかれ」の教えに背くものだと判断。ウクライナとロシアの両方に交渉による問題解決を進めるべきと伝えました。

ウクライナ進攻により、ロシア正教会系の信者も国外に退去を強いられるなど悲惨な目にあっています。信心深い人々がそのような目にあっているのに、プーチン大統領の政策を支持することができないとも言いました。プーチン大統領は、自分の政策に反対する教会が出てきていることに激高。しかしながらロシア正教会の分裂は進んでるのが現実です。

ウクライナ正教会が離脱するとどうなる?

正教徒は世界中にいますが、その大半はロシアとウクライナ。両国の信徒を合わせると、そのほかの国の正教徒の合計数よりも多くなります。ロシアの傘下にある正教会の信徒の4分の1はウクライナ人。教会区の3分の1もウクライナに置かれています。そのためウクライナ正教会が離れると、ロシア正教会の影響力は一気に落ち込んでしまうでしょう。

一定の信者数を包するウクライナ正教会の離脱は、ロシア正教会にとって危機的な状況。ロシア正教会はプーチン大統領を支持していますが、それは教会の影響力を守るためでもあります。そのため、信仰心を政治的に利用していると批判する声も少なくありません。

ロシア正教会の変化の可能性は?

ロシア正教会は、そのルーツがウクライナにあるなど、領土的にも複雑な背景があります。ソ連時代の冷遇の影響もあり、政治的な権力者と行動を共にせざるを得ない事情もありました。しかしながら、キリル1世総主教は、ウクライナの教会の苦しみを理解するという発言をするなど、プーチン大統領と距離を取り出しているという報道も。政治に翻弄されてきたロシア正教会は、これからどのような判断をするのでしょうか。ニュースなどで動向を注視することで歴史の大きな変化を目の当たりにすることができるかもしれませんね。

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