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「ロシア正教会」とは?ロシアやウクライナとの関係は?歴史や背景を元大学教員が5分でわかりやすく解説

ロシア正教会のルーツはウクライナ?

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発祥ははっきりしない点も多いロシア正教。プーチン大統領がウクライナに対して異常な固執を見せるのは、ロシア正教会のツールがウクライナにあるからという見方もあります。

ウラジーミル1世による集団先例がロシア正教会のルーツ

正教会の伝道は10世紀よりも前から、ロシアからウクライナに流れるドニエプル川で流域で行われていました。988年、キエフ大公国のウラジミール1世がルーシ人を集団洗礼。ウラジミール1世はそれによりキエフ大公国をキリスト教化。そこれがロシア正教会のルーツとされています。

ちなみにルーシ人とはウクライナ人とベラルーシ人の呼び名のこと。11世紀から20世紀半ばにかけて使われていました。ウラジミール1世は、自国をキリスト教化したあとは、東ローマ皇帝バシレイオス2世の妹アンナと結婚することで、自らの影響力を拡大。息子たちを各地に派遣して、キエフ大公国の支配下に置きました。

聖徒と位置づけられているキエフ大公国のウラジミール1世

現在のウクライナのキエフを想起させるキエフ大公国。その地を収めていたウラジミール1世はキリスト教の聖人のひとりとされています。キエフで最も大きな大聖堂である聖ヴォロディームィル大聖堂は、ウラジーミル1世に捧げられるほどの影響力。ロシアとその周辺にキリスト教をもたらした人物と見なされています。

ウラジーミル1世が正教会により聖人化されたのが13世紀。さらにはカトリック教会でも聖人として畏敬の対象となっています。つまり、ロシア正教会をスタートさせたのが、キエフ一帯を収めていたウラジミール1世。正教会の聖人が、他国の人物となってしまっては、ロシア正教会としては立場がありません。そのためロシアはウクライナを領土の一部にしておきたいのです。

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ウクライナがロシアから離れていったら、ロシア正教会のルーツが別の国に存在することになってしまう。それはロシアの歴史を説明するうえで都合が悪すぎる。だから絶対にロシアの一部でないといけない。それがプーチン大統領の異常な固執の原因なんだろう。

ソ連時代は弾圧の対象となったロシア正教会

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1917年にロマノフ王朝が崩壊。ボリシェヴィキ革命のすえに社会主義国家であるソビエト社会主義共和国連邦が樹立します。ボリシェヴィキの指導者であるウラジーミル・レーニンは「信仰することは思想的には死体愛好主義」と手紙に記すなど、宗教に対して厳しい姿勢。そのためソ連は国家体制としては無宗教となりました。

第二次世界大戦期に風向きが変わったロシア正教会

ロシア正教会は、禁止されはしないものの弾圧の対象となります。聖職者から選挙権をはく奪。修道院と大聖堂は閉鎖されました。さらにレーニンは、貧しい人々を救うためと称して、ロシア正教会の財産を没収。2千人もの聖職者と信者が射殺されました。市民は信仰することは許されていましたが布教は禁じされていました。

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツおよびその同盟国と戦う大祖国戦争が始まったことで、ロシア正教会の風向きが変わります。スターリンは、ロシア正教会の主要人物たちと会合を開き、新しい総主教の選出を許可。財政支援もスタートさせます。信者がクリスマスをお祝いすることも認めました。

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