現代社会

知る権利の判例で有名な「西山事件」とは?事件の経過や他の有名判例などを行政書士試験合格ライターが分かりやすくわかりやすく解説

西山事件の二審と最高裁判決

一審判決が出た後、記者と事務官はそれぞれの職場を辞めました。元記者となった被告には、第二審で執行猶予付きの有罪判決が下されます。判決が覆された理由は、元記者の取材方法でした。元事務官をそそのかして国家公務員法違反になる行動を取らせたことが、違法であると判断されたのです。

最高裁判決でも、元記者は有罪となりました。まず、外交での交渉内容は秘密を保持するのに値するものと認定。一方で、元記者の行為は正当な取材活動の範囲を逸脱するものであり、報道の自由は無制限ではないという判断を下しました。それ以降、この判決が知る権利にも一定の制約を受けるという判例として知られるようになります

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山崎豊子の小説『運命の人』は、西山事件を題材としているな。あくまでもフィクションであると断り、主人公の名前などは実際の事件から変えてあるが、ストーリーは西山事件そのものといっていい。山崎豊子が最後に完成させた長編小説でもあるぞ。『運命の人』は、のちに同名のドラマにもなっているのだ。

西山事件のその後

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21世紀に入ってからも、西山事件に関連する出来事が起きます。果たして、どのようなことが起きたのでしょうか。

アメリカで密約文書が発見される

2000(平成12)年にアメリカで公開された文書には、沖縄返還協定でアメリカと日本との間に密約があったことを裏付けるものがありました西山事件の当事者となった元記者は、国家賠償請求訴訟を提起。密約の存在を知りながら違法に起訴されたとして、国を訴えたのです。

元記者の訴えは、最高裁判決で退けられました。損害賠償請求については、除斥期間を過ぎたものと認定。請求権が消滅したものとして、棄却判決が出されました密約文書を公開しないという当時の日本政府が下した決定も、妥当なものだったと判断されています。

情報公開法の制定

行政機関の保有する情報の公開に関する法律」、通称情報公開法は、2001(平成13)年から施行されました。日本の行政機関が保有する行政文書を、国民が開示を求めることを認めた法律です。この法律でいう「行政文書」とは、行政機関の職員が職務の上で作成や取得した文書・図画・電磁的記録などを指します。

ただし、すべての行政文書の公開を求めることができるわけではありません国の安全に関する情報や、国民に誤解や混乱をもたらすおそれのある情報などについては、非公開とすることができると定められました。公開請求した者は、行政機関の公開内容に不服がある時などには、情報公開審査会に不服申し立てができます

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2013年には、「特定秘密保護法」(正式には「特定秘密の保護に関する法律」)が制定されたな。防衛や外交など、国益のために秘密にしておいたほうが良い情報を保護することが目的だ。しかし、「特定秘密」の範囲拡大や、知る権利の制限などが問題となっているぞ。国益を守ることと知る権利を尊重することの、バランスを取るのは難しいといえるだろう。

知る権利や報道の自由について争われた他の有名判例

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ここからは、「知る権利」や「報道の自由」について判断が下された、有名な判例を3つ見ていくことにしましょう。

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