現代社会

知る権利の判例で有名な「西山事件」とは?事件の経過や他の有名判例などを行政書士試験合格ライターが分かりやすくわかりやすく解説

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サンフランシスコ講和条約により、日本から占領軍が撤退するはずだった。だが、講和条約には例外があり、2国間で協定を結べば軍の駐留が許されるとしたぞ。そのことに基づいて、アメリカが日本と結んだのが日米安全保障条約(安保条約)だ。安保条約を結んだことで、今でも日本の各地に米軍基地があり、中でも沖縄に米軍の施設が集中しているぞ。

西山事件の経緯

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では、西山事件とはいったいどのようなものだったのでしょうか。事件の経緯を振り返ってみましょう。

社会党による密約問題の暴露

1972(昭和47)年、衆議院の予算委員会で、日本社会党の議員が政府を追及します。議員は、とあるルートから資料を入手していました。それは、外務省が打電した極秘の電報をコピーしたものでした。コピーには、沖縄返還協定について話し合われた内容が書かれていました

その内容は、本来アメリカが沖縄の地権者などへ支払うべき補償費を、日本が支払うというもの。400万ドルを日本が肩代わりするというものでした。政府はコピーが外務省から漏洩したものであると認めました。しかし、アメリカと日本の間に密約があったことは認めませんでした

記者と事務官の逮捕

沖縄返還協定においてアメリカと日本の間に密約があったとする情報を、社会党の議員に提供したのは、事件の名前にもなっている西山という男性の新聞記者でした。しかし、新聞記者の情報入手先が問題視されます。記者は外務省の女性事務官と必要以上に親密な仲となり、事務官から情報を得ていたのです。

2人が不倫関係だったことは、ほどなくして発覚します。そして、国家公務員法の守秘義務に違反したとして、2人は逮捕されました。その数日前までは、アメリカと日本にあった密約の存在が問題となっていましたが、報道の中心は2人の関係や公務員の機密漏洩へと移ったのです。

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この記事では、当事者である新聞記事の名前を取った「西山事件」ですべて通しているが、この事件には別の名前もあるな。「沖縄密約暴露事件」や「外務省機密漏洩事件」も、「西山事件」と同じ出来事を指す言葉だ。「聖徳太子」が「厩戸王(厩戸皇子)」に、「元寇」が「蒙古襲来」に変わるなど、歴史の教科書での表記が変わった例もあるぞ。歴史用語の取り扱いは、注意が必要な場合もあるのだ。

西山事件の判決

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西山事件では、どのような判決が出たのでしょうか。ここでは、一審と二審・最高裁判決に分けて見ていくことにしましょう。

西山事件の一審判決

西山事件の一審では、被告の1人である記者の判決は無罪でした記者の取材方法は相当性を欠くとした上で、取材の目的には正当性が認められました。外交での交渉内容の秘密が守られる利益と、取材活動による外交交渉の民主的コントロールや国民的利益とを比較して、秘密が守られる利益はさほど大きくないと判断されたのです。

その一方で、事務官には執行猶予付きの有罪判決が下されました事務官の漏洩行為は報道機関の公共的な使命に奉仕するものではなく、正当なものとは認められなかったのです。事務官は一審判決が出た後、控訴はせずに無罪を争うことはしませんでした。西山事件は検察側が控訴して、記者の裁判が続くことになります。

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