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5分でわかる狩野派!日本史上最大の絵師集団?絢爛豪華な金屏の障壁画を描いた狩野派について現役講師ライターがわかりやすく解説

よぉ、桜木健二だ。狩野派という日本で400年以上続いた絵師集団を知っているか。狩野派といえば「洛中洛外図屏風」を描いた狩野永徳は有名だな。その他にも狩野派の画家を何人か知っているかと思う。しかし、狩野派は室町時代から江戸時代が終わるまで続いた絵師集団であることを知っているか。
今回は狩野派の始まりから狩野派の絵画や功績などの詳細を現役講師ライターの明東碧吾と一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/明東碧吾

現役の塾講師ライターで、専門科目は社会を担当している。授業はわかりやすいという定評を生徒から受けている。中世や近世の文化史を最も得意とする。

狩野派って何だ?狩野派の全貌を見てみよう

image by iStockphoto

狩野派とは室町時代から江戸時代終わりまでに栄えた日本最大の職業絵師集団です。狩野派の祖である狩野元信の子孫と狩野派で修行を行った門弟たちの集団になります。

狩野の名前をしていても狩野の親族ではなく、狩野派で学んだ弟子も狩野の名前を冠していました。例えば、狩野家四代目当主の狩野永徳の弟子である狩野山楽は狩野家の者ではなく、狩野派で修行した弟子です。

では、どのような集団であったのか、見ていきましょう。

室町幕府から始まる狩野派!狩野派の祖である狩野正信

狩野派の祖と呼ばれているのが狩野正信です。狩野正信は室町時代中期に室町幕府六代目将軍足利義教に仕えたとされています。しかし、史実であるかは明確にはなっていません。

その後、室町幕府御用絵師の宗湛に師事したと考えられています。そして、八代将軍足利義政の東山山荘の障壁画を担当したのです。

狩野派は狩野正信が幕府の御用絵師となって、仕え始めたことから始まります。ここから約400年狩野派が続いていくのです。

権力者がこぞって重用?狩野派繁栄の秘訣

狩野派が約400年続いた秘訣は幕府の御用絵師になったことです。狩野派の祖である狩野正信は室町幕府の御用絵師となりました。御用絵師になるということは将軍の命で、大規模な障壁画制作などに関われるということです。

狩野派の絵師は室町幕府が滅んでも織田信長や豊臣秀吉に仕えることで、安土城や大阪城の障壁画制作を行いました。江戸時代に入ると江戸幕府の御用絵師に狩野探幽がなり、江戸幕府でも重用される絵師集団を築いたのです。

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