室町時代日本史歴史

3分で簡単北山文化!貴族と武士文化の融合?金閣を建てた足利義満から始まる派手な文化を現役講師ライターがわかりやすく解説

五山が室町の中心?花ひらく五山文学

五山の禅僧は室町幕府の外交顧問として主に漢詩の才能を習得していました。漢詩を作成することは中国とのやりとりに必要な四六文を書くことにつながるのです。

こうした外交上必要な技術が文学に発展し、五山を中心に漢詩集を作成します。義堂周信の「空華集」絶海中津の「蕉堅藁」などが五山文学の代表として有名です。

また、初代僧録司の春屋妙葩は盛んに木版での出版活動を行います。五山が発行する書籍を五山版と呼び、多くの禅籍が出版されたのです。特に有名なものとして虎関師錬の「元亨釈書」があります。

五山の禅画が水墨画の原型?水墨画の始まり

Hyônen zu by Josetsu.jpg
如拙 (Josetsu) – 「日本の美術 No.13 水墨画」至文堂、1967年5月発行, パブリック・ドメイン, リンクによる

五山の寺院では禅画も盛んに描かれていました。禅画とは臨済宗の修行の禅問答である公案を表現する絵画のことです。五山になった寺院は臨済宗の寺院なので、公案の答えを見つけることが修行になります。

禅画は中国の山水画を参考に描かれているものが多く、如拙の「瓢鮎図」はその代表です。山水画の構成をもとに瓢箪でナマズ(中国語では鮎がナマズ)を捕まえようとする公案を表現しています。

また、如拙以外にも明兆や水墨画を大成する雪舟の師匠になる周文などが禅画で活躍しました。

さまざまな芸能の集大成?能の大成

室町時代に完成した日本芸能として能があります。能は平安時代頃から続く田楽や猿楽、宮中での歌謡である今様などが1つにまとまり完成したものです。能は現在では日本の伝統芸能の1つとなっています。能を大成したのは有名な観阿弥・世阿弥親子です。では、能はどの様に完成したのか、見ていきましょう。

能を発信?猿楽師集団の大和四座

Sarugaku Nogohakusan-jinja.jpg
Alpsdake投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

能を構成する芸能の中で猿楽は寺社の神事で舞う芸能でした。猿楽を専門的に行い、興福寺や春日大社の神事で猿楽を行えたのが、鎌倉末期に形成された大和四座になります。大和四座は円満井座坂戸座外山座結崎座の4つのことです。

大和四座は大きな寺社での猿楽を行っていましたが、室町時代に入ると室町幕府の将軍も猿楽を重んじました。

観阿弥・世阿弥が能を大成する!

室町幕府は結崎座の観阿弥と世阿弥を重用します。観阿弥と世阿弥親子は猿楽を現在の能まで引き上げ、を大成しました。

能を大成した世阿弥は能の理論書である「風姿花伝(または花伝書)」を書き上げます。この書は日本最古の演劇論ともいわれ、芸の真髄を語る表現はこの書から典拠しているものもあるのです。

また、世阿弥の子どもの観世元能が筆録した「申楽談義」という能楽書もあります。この書は演者の芸風や諸芸能の実態までをまとめた具体的な能楽書です。能を大成し、どのように能を行うかという研究も進められ、猿楽を極めることで能が大成されました。

室町幕府との関わりが文化を広げた北山文化!

北山文化は室町幕府の影響が大きい文化でした。南北朝時代の貴族文化と武士文化の融合をさらに発展させ、禅宗とも融合しました。北山文化は足利義満の政治が文化にも反映されて、形成された文化です。日本国王としての権力を見せるための金閣は北山文化の象徴として世界遺産にも認定されています。北山文化を見ることで、足利義満の政治を見ることができるのです。

1 2 3 4
Share: