室町時代日本史歴史

3分で簡単北山文化!貴族と武士文化の融合?金閣を建てた足利義満から始まる派手な文化を現役講師ライターがわかりやすく解説

室町幕府にも影響?世界最高の作庭家の一人夢窓疎石

北山文化期の庭園には臨済宗の僧侶であり、世界史上最高の作庭家の一人ともいわれている夢窓疎石が関わっています。夢窓疎石は後醍醐天皇にその才覚を見出され、国師号を受けた人物です。その後、合計7度の国師号を受けたことから七朝帝師という尊称が送られています。

夢窓疎石は作庭家として有名でもありますが、元に天龍寺船を送ったり、臨済宗の夢窓派の開祖でもあるのです。また、漢詩の才もあり、五山文学を牽引する一人でもあり、勅撰和歌集に11首も入選するなど文学的な才も有していました。足利尊氏と直義兄弟からも崇敬されていた多彩な禅僧だったのです。

夢窓疎石は寺院の開山になると同時に寺院の作庭を行っていきました。世界遺産にもなる庭園を築いた人物なのです。

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夢窓疎石は世界史上最高とまで呼ばれる作庭家の一人に挙げられているんだ。天龍寺や鹿苑寺など多くの開山の僧侶となると同時に作庭も行っているぞ。その中で、夢窓疎石は禅寺の庭園の代表である枯山水を完成させたことが世界史上最高と呼ばれる所以になっているんだ。つまり、禅寺の庭園は夢窓疎石によって始まったと言っても過言ではないくらい、大きな功績を残した人物なんだ。

夢窓疎石の庭園その1:天龍寺庭園

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663highland投稿者自身による著作物, CC 表示 2.5, リンクによる

天龍寺は曹源池を中心とする池泉回遊式の庭園です。曹源池庭園は庭の国宝とも呼ばれる国の特別名勝にも選ばれています。また、天龍寺は古都京都の文化財として世界遺産に認定されているのです。

夢窓疎石は天龍寺の開山でもあり、もとは足利尊氏が後醍醐天皇を弔うために創建したのが始まりとなります。天龍寺を建立するために元に資金を稼ぐための天龍寺船を夢窓疎石が提案し、建立することができました。

夢窓疎石は曹源池庭園を作庭するにあたり、嵐山亀山を借景する形で作りました。曹源池から広がる山々の風景は圧巻です。

夢窓疎石の庭園その2:西芳寺庭園

西芳寺苔寺として有名な寺院です。もともとは法相宗の寺院として聖武天皇の命で開山しました。その後、法然上人により、浄土宗の寺院になることを経て、夢窓疎石が再興を行ったのです。

西芳寺庭園は上段を枯山水下段を黄金池を中心とした池泉回遊式庭園となっています。苔寺として有名な庭園は下段の黄金池を中心とした池泉回遊式庭園の方です。しかし、上段となる枯山水は夢窓疎石が作庭した当時の面影が残っている貴重な庭園となっています。

夢窓疎石の庭園その3:鹿苑寺庭園

鏡湖池と金閣
Keith Pomakis投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 2.5, リンクによる

鹿苑寺庭園も夢窓疎石が作庭した庭になります。鹿苑寺庭園は金閣を中心に鏡湖池が広がるように作庭されているのです。また、背後の衣笠山を借景として壮大な庭園となっています。

鏡湖池には大小さまざまな名石で島が作られ、仏教世界の小宇宙である九山八海(くせんはっかい)を表現しているのです。鹿苑寺庭園も池泉回遊式庭園として有名で、天龍寺と同じく国の特別名勝となっています。

室町幕府が文化を磨く?五山が活躍した北山文化

中国の禅寺の制度である五山・十刹を見習い、日本も五山・十刹を導入しました。五山の中心になった相国寺では僧録司が置かれ、五山を管理します。室町幕府は中国との外交顧問に相国寺を中心とした禅僧を起用したのです。では、五山からどのように文化が発展したのかを見ていきましょう。

\次のページで「五山が室町の中心?花ひらく五山文学」を解説!/

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