室町時代日本史歴史

5分でわかる北山文化!貴族と武士文化の融合?金閣を建てた足利義満から始まる派手な文化を現役講師ライターがわかりやすく解説

よぉ、桜木健二だ。北山文化という室町時代の文化を知っているか。北山といえば、金閣寺で聞いたことがある地名だと思う。しかし、金閣寺は知っていてもそれ以外にどのような文化があったのかはイメージが薄いな。
今回は金閣寺だけではない北山文化の詳細を現役講師ライターの明東碧吾と一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/明東碧吾

現役の塾講師ライターで、社会科が専門科目。生徒から社会が楽しいといわれる授業を展開している。自身も歴史好きで、よく史跡巡りなどを行っている。

北山文化の中心はやはり金閣!

image by iStockphoto

北山文化は金閣が作られた頃の文化です。金閣を代表建築物として、色々な文化が形成されました。特に室町幕府が帰依した臨済宗の禅宗文化が色濃く出ている文化になります。しかし、金閣はなぜ作られたのでしょうか。また、金閣以外にはどのような文化があるのでしょうか。室町の文化の中での北山文化の特色をまずは見ていきましょう。

室町時代の文化は3つ?まずは室町時代の文化をまとめよう

室町文化は時期によって大きく3つに分かれています。南北朝に分かれていた室町初期の文化と今回解説する北山文化、そして八代将軍足利義政の頃の東山文化が室町時代の文化です。よく、一括りで室町文化と言いますが、各文化で特徴が異なります。

北山文化は室町時代の隆盛期だった頃の文化です。戦乱も落ち着いた頃の文化なので、色々な文化が発展していきました。他の時期は戦乱期でもあるので、新しい文化の形成より今あるものを成熟させた文化となっているのです。

なぜ金色?金箔を貼った建物金閣はなぜできたのか

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Kakidai投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, リンクによる

金閣は名の通り、金箔が貼られた建物となっています。金閣は室町幕府三代目将軍である足利義満が建てました。足利義満は幕府の政策で大きな目標を持っていたのです。それが、明との貿易になります。

明との貿易をするためには朝貢形式といって、明の皇帝に貢ぎ物を持っていき、恩恵として返礼品をもらうという形式での貿易でした。この貿易で莫大な利益が得られるとして、足利義満は日明貿易に向けて、日本国王という称号を確立しようと金箔を貼った金閣を建てたのです。

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金閣寺という言葉はよく聞くな。しかし、金閣寺という寺院は存在しないんだ。金閣はもともと足利義満の別荘だったんだ。その後、足利義満の遺言で金閣を中心に寺院が建立されたんだ。この寺院を鹿苑寺と呼ぶぞ。そうしたことから、金閣寺は正式には鹿苑寺金閣と呼ぶんだ。また、鹿苑寺は臨済宗相国寺派の寺院になるぞ。相国寺の山外塔頭なんだ。これは銀閣を有する慈照寺も同じだ。

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